[1487]マスコミ向けの発表会は、淡々と進む

~記事はどのようにして作られるか【取材現場の裏話】~

テーマパークや映画などの封切り前に、マスコミを呼んでリリースを行うことがあります。
電車の新型車両や、規模が大きいマンションなどでも行われますね。
現場では、基本的に「良いことを書いてほしい」ので、必ずといっていいほどお土産が付きます。
要は、ワイロです。
それはそれとして。

基本的な流れは、まず主催者側からのレセプションがあって、その後に質問を受け付ける形。
事件性のある記者会見などとは違って、各メディアの代表者を立てるようなことはしません。
誰でも自由に質問できます。

ただ、実際は、おざなりというか、かなり形式的に進んでいきます。
大きな理由は、自分が考える範囲で、主に2点。
一つは、文字尺の問題。
よっぽどのことがない限りそんなにスペースを割いていませんから、基本情報で事足りる。
社長の長演説も、一言二言で片付けられてしまいます。

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正式発表前のリハーサルの様子

もう一つは、「良い質問をしてしまうと、他のメディアにパクられる」から。
自分は駆け出しのころ、勇んでいろいろな質問をしていました。
ほかの記者たちが黙り込んでいるのを見て、「どうだ、オマエらにはできないだろう」と、うぬぼれていたんですね。
そして翌日、各社の報道に目を通すと、見事に使われているわけです。

そうなるとですね、不思議なことに、コッチがパクったと受け取られかねない。
著名な媒体に載っていることがオリジナルで、引用しているのは三流メディアのほうだと。
そういう心理が働くんでしょうね。
違うんだよ。この質問、オレがしたんだよ。

こうした事態を避けるためか、一流の記者たちは、会見が終わった後に、個別で担当者へ張り付きます。
周りが聞いている席上では、絶対にコアな質問をしない。
後々気付いたとき、「なるほどねー」と関心しました。
なので、公開質問の場で手を挙げるのはシロートさん。
人からは盗むけど、自分の腹を絶対に明かさない。そうして特ダネを打つのが、本当のプロなんです。
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[1387]読点の位置考、「切り取り線」として考える

~正解なんてない!日本語の選び方【文章作成のコツ】~

日本語は、装飾的な要素を文の中間にぶっ込みます。

僕はスイカが嫌いだ。
僕は、まるで砂をかんでいるような食感なので、スイカが嫌いだ。

英語だと、関係代名詞を使って、後ろに付け足していくんですよね。
それはそれとして、話を戻します。
つまり、二つの「、」で区切られた文章を取っ払っても、日本語として成り立つはずなんです。

1387.jpg
挟んだ具を入れ替えても、ハンバーガーとして成り立つ

少し、例文を出してみましょうか。

【取っ払っても文意が変わらない例】
安いサービスが高価なものより優れているということは、普通に考えれば、あり得ない話でしょう。
→安いサービスが高価なものより優れているということは、あり得ない話でしょう。

【変わる例・・・読点の位置が適切ではない】
安いサービスが、高価なものより優れているということは、普通に考えればあり得ない話でしょう。
→安いサービスが、普通に考えればあり得ない話でしょう。

【取っ払っても文意が変わらない例】
気をつけたいのは、残留する金属と「食べ物に含まれる酸」が問われるため、果物に限らないことです。
→気をつけたいのは、果物に限らないことです。

【変わる例・・・読点の位置が適切ではない】
気をつけたいのは残留する金属と、「食べ物に含まれる酸」が問われるため、果物に限らないことです。
→気をつけたいのは残留する金属と、果物に限らないことです。

ただ、商業文はともかく、私分ならどうでもいいんじゃないですかね。

【正確だが、違和感がある】
このように「読むリズム」と「書きコトバ」は、必ずしも、一致していません。

【不正確だが、読みやすい】
このように、「読むリズム」と「書きコトバ」は、必ずしも一致していません。

実際、サイトコンテンツでも、悩みに悩みます。
どうしても結論が出なかった場合に限り、「取っ払っても文意が変わらないかどうか」で判断するといいでしょう。

[1287] ひっかけられた籠池フックを外す方法

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

すっかりワイドショーの定番になった森友学園の問題。
我々一般人が学べることといえば、「全く知らない人から、いつでもフックを引っ掛けられる恐れがあること」でしょう。
ここで言うフックとは、籠池氏がほのめかしている、阿倍首相周辺との関連性です。

例えば、「オレ、芸能人のAとは、古くからのダチなんだ」とか、「建設に顔が利く政治家を知っているから、一肌脱いでやろうか」とか、その手の話は言ったもの勝ちなんです。
本当かどうかは別にして。
ところが、コネクトされた側が虚偽を立証しようとしても、実質、なすすべが無い。
生まれてからこれまでのアリバイを1分ごとに並べて、関係性のないことを示す・・・みたいな話になってくる。
だから、名誉毀損(きそん)を訴えようとしても、おのずと限界があるでしょう。

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報道の一例として、『産経ニュース』

では、黙って手をこまねくしかないのか。
たぶんですけど、やりようによっては、立場を逆転できるような気がしています。

例えば、阿倍首相とのパイプを期待して、森友学園に寄付をした一般人がいるとしましょう。
ところが最近の報道によると、首相周辺は関係性を拒否している。
完全なクロとは言い切れないものの、自分はシロだと思っていたから、寄付をしたんだと。
グレーである以上、当初の事実に反するじゃないか。金を返してクレ。

この理屈なら、籠池氏にできることは二つ。
パイプを立証するか、パイプのないことを認めて金を返すか。
まあ、間に立つ一般人がいるかどうかはわかりませんけど、応用次第で、ほかの方法も考えられそうじゃないですか。
自分だったら、名誉毀損にしないで、向こうが汗をかく作戦にするけどな。

ということで、知らない人からフックを引っ掛けられたら、外し方に注意。
「そんな人知らないし、迷惑」という理屈では、こちらが汗をかかないといけない。
行為者が自らフックを外すか、放置しているとお縄になるような状況を作り出す必要があります。

[1187]懐に飛び込むための断捨離

~ライターとか、やってます【文章で食べていく方法】~

某医院の取材が終わった後、担当営業から、
「きょうの先生は、自分にも見せたことがない笑顔をしていました。何回も通っているのに・・・」
と、まんざらでもないことを言われました。
続いて、「初めて会う人なのに、どうしてガードが下げられるんですか」と。
あのね、それはね、君がガードを上げさせているんです。

何て言うのかな、君を見ていると、「バカ丁寧が旗印」みたいな印象を受ける。
ちょっと、他人行儀じゃないのかな。
また、常にビクビクしている感じがするんだよね。
失礼があったらいけないとか、怒られたらどうしようとか。
だからね、ガードを上げているのは、君のほうなの。
君の警戒心を相手が感じ取って、それで構えちゃうんだよ。

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ありのままの姿がわかると、人は安心する

自分はね、言ったら悪いけど、あんまり仕事している感覚はないんだな。取材中でも。
良くやってるでしょ。
録音を切って、「オフレコで聞きたいんですけど、正直、先生が自分で使うとしたらドレにするんですか」とか、「個人的な興味で聞きます。そういう患者に対し、『バカか、こいつ』って思うときはないんですか」とか。

取材から離れないと、実のところって、出てこないわけ。
さっきだって、薬事法の許可が取れていない薬の話を、ポロっと言っちゃったじゃない。
それに、実を共有した相手に対しては、怒りとか不信感が向かないの。
だから、オフレコと言いつつ部分的に使っちゃっても、許されるの。
逆に、表面的なつながりしかできていないと、根本がすれ違っちゃうんだよね。

仕事から、いったん離れろって。
個人的に興味を持ったことを、いろいろと話しなさい。
看板の色でもいいし、「この模型、やけにデカくないですか」でもいいし。
そうすると、「実はね・・・」ってのが出てくるから。
それが、本当の断捨離なの。
仕事を意識するから、自然体になれないの。

もし怒られたら、「しめたっ」てなもんですよ。問題の核心に迫れたんだから。
そういうことを悩んでたんだって、教えてくれているようなものじゃないですか。
無難って発想からも離れなさい。無難からは無難しか生まれません。
レッドシグナルが出たら、むしろチャンスと捉えるべき。
だって、そこをつつけば、ビジネスになるじゃないですか。

[1686]20170226朝日新聞

~新聞全面広告ギャラリー~

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[1732]人より前に生まれた、香辛料の不思議

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

例えばトウガラシ。
もともとは、外敵から身を守る防衛手段として、辛さを身につけたはず。
人間のお役に立とうとして生えてきたわけじゃない。
だって、そうですよね。
人間のほうが、後に生まれたんだから。
そう考えると、香辛料にアイロニーを感じませんか。

そもそも味覚って、食べ物が腐っていないかどうかのセンサーとして発達してきた・・・という理解でいます。
酸っぱけりゃ腐っているんだろうし、苦ければ毒だと。
食べ物をおいしく味わうための進化ではないんです。

逆に、甘さやしょっぱさのような「ヨシ」のサインは、それほど敏感である必要がない。
やはり、病気とか死に対してより注意を払える人が、生き残ってきたわけですよ。
昔の話ですけどね。

1732.jpg

改めて眺めると、不思議な存在に思える

むしろ糖分って、寒いときに自分を凍らせないための知恵だという話じゃないですか。
トリが食べて種を持って行きやすいように・・・という部分はあるものの。
そう考えると、香辛料の原材料って、これっぽっちも人間を意識していないんですね。
だけど、使う側からしたら、味覚のバランスを整えるのに便利。

このギャップ。なんなんでしょう。
そういうツモリで生きてきたわけじゃないのに、いいようにあしらわれているって言うのかな。
でまた、リスクセンサーだった味覚が、何でオイシイと感じちゃうんでしょう。
不思議ですよ。
多少は品種改良の成果があるんだろうけど、根本的なところは変わらない。

これはね、たぶん、何かしらの意味を持っているんだと思っています。
だって、ダーヴィニズムのなれの果てというか、結果論の最終局面にいる人間が、こういう根源的なところで「無意味なこと」をするはずないじゃないですか。
リスク選好的な要素が絡んでいるんですかね。
ダメと思わずにやってみろ、本能より理性で動け・・・みたいな。
そうしたチャレンジ精神から、「あれ? 意外と食えるぞ」という発見が導き出されたと。
香辛料って、ギャンブルだったのかもしれないですね。
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てつまる

Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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