[1283]高齢者の逆走と無人トラックで埋まる、未来の自動車道

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

どうやら近い将来、貨物列車みたいなトラックの編成が、高速道路を走るようです。
人が乗っているのは先頭車両だけ。
2台目以降は、無人の自動運転車両が追尾するのだとか。
早くて来年から、実験的な試みが行われるとのこと。

それってさあ、隊列の間に入れてくれるんだよね。
高速の出口なんかが近づいてきたとき、「あっ、ここ降りなきゃじゃん」ってことがあるじゃない。
窓から手を出して「すんません」ってやっても、一連の壁が通過するだけだったりしたら、ちょっと嫌だな。
あと、どうせ遅いだろうから、追い抜くシーンが想定されますよね。
途中で「無理だ」ってなとき、臨機応変に入れてくれるんだろうか。
何だか、怖いですよ。

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「朝来新聞デジタル」より、全文読むにはログインが必要です

いっそのこと、高速道路脇に専用レールみたいなものを作って、トレーか何かを移動させればいいのに。トラックである必要なんて、ないじゃないですか。
ところがこの試みは、「効率的な貨物輸送」にあらず。
オリンピックに焦点を合わせた、日本の自動運転技術を世界へアピールするための、デモンストレーションなんです。

ただし、舞台と客席が一緒になっちゃっているところがネック。
いい意味で劇場効果。
悪い意味で場外乱闘。
いいよ。そんなところ、行かない。

「物流業界の運転手不足を解消する狙いがある」
というけど、それはタテマエなんでしょう。
ホンネは、自動運転技術の輸出なんじゃないかな。
高速出たらどうすんのって話もあるし、かえって車離れを加速するんじゃないだろうか。
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[1282]「タプロイドと週刊誌」は国会に持ち込んじゃダメ

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

国会中継で、これ見よがしに使われるパネル。
その出展について、民進党議員が『週刊ゲンダイ』の記事を流用しようとしたところ、野党側から「待った」の声がかかりました。
いわく、「タブロイド、週刊誌は不可」なのだとか。
この考え方は2012年、当時の民主党議員から示されたものの、正式ルールにならなかったようです。
まあ、でも、言い出しっぺがヤルなよ・・・という理屈は、それなりに通りそうな気もします。

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概要を報ずる「朝日新聞DIGITAL」

さて、週刊誌はさておき、なぜタブロイドが差別的な扱い方をされるのか。
これは、「タブロイド」で検索してもらったらわかると思いますが、ゴシップや根拠の薄いネタを報じてきた歴史があるから。
大きさといいページ数といい、副読紙のようなボリュームですから、「偏った考え方」でも誌面を埋められるんですね。
ミニマムで4ページ、文字数にしたら1万字弱といったところじゃないでしょうか。
考えようによっては、誰でも発行できる。

残るは週刊誌。
これも実は、「誰でも発行できる」ってところが、評価の分かれ目なんだと思っています。
正式には、「誰でも書ける」になるのかな。
だって、ライターの大多数は、専門家か自分のようなフリーランスですから。
社員が書いて、会社が直接文責を負うわけではない。
そこが五大紙とは違うポイントで、「タブロイド、週刊誌は不可」ルールの出どころなのでしょう。

そう考えると、外部委託がメインのWeb媒体なんて、最初から蚊帳の外ですよね。
まあ、あっても、五大紙がバックに付いているかどうか。
考えてみれば、『ニューヨークタイムス』ってタブロイドなんですけどね。
日本は、あまり中身を個別精査したりしないからな。
形式が信用のモノサシ。
『週刊ゲンダイ』でも、週刊誌という建て付けに沿っている以上、フレーム外と見なされるわけです。

[1281]ジャイアンの言い放題 「オマエの国の年金を差し出せ」

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

迷惑とか当惑の範囲を超えた、アメリカのジャイアン。
もはやショーを見ているように、楽しんじゃっている自分がいます。
今度は「日本の年金をよこせ」と。
正確には、アメリカの雇用をボトムアップするために阿倍首相が差し出した「いけにえ」なんですけどね。

まあ、「投資」という捉え方なんでしょうよ。
年金運用のポートフォリオは、大まかに言って「国内6・海外4」。
今後、ジャイアンが「アメリカファースト」を通し続けるなら、短期的ではあるものの、アメリカ関連株の上昇が見込まれる。
その尻馬ってことなんだと理解しています。

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一例として、「BUZZAP!」の関連記事

こうしたジャイアン攻撃に対し、説得をしようとする人がいますけど、あまり効果的とはいえないんじゃないでしょうか。
だって、自分がすべて正しいと思っているんですよね。
「世界からの孤立は戦争を招くよ」と諭したところで、「そういう考え方をしていたから、アメリカが弱くなったんだ」と反論してくる。
「1じゃなくて10が正解」と言ったところで、「オレなら、1で実績が出せる」と豪語する。
そこにロジックはないわけです。
そもそも、人の言うことを聞く性格だったら、ジャイアンになっていません。
それなら放っておけばいいかというと、のび太やスネ夫が追随するので、結果として効果がでる。
「そら見ろ、オレの言った通りだろ」と。
もう、そういう路線が見えてますよね。

こうした迷惑・ディスアスターへの対処法は、古くから決まっていました。
それが「いけにえ」の考え方です。
差し出せる限りの「小さい対価」で「大きな損害」を防ぐ。
立ち向かうことで大被害を受けてしまうなら、許せる犠牲で我慢しよう。
これはある意味、真理なんです。
しかも、トヨタ自動車の場合、元に戻せる犠牲なんですね。犠牲ですらない。
時が過ぎれば、メキシコに工場を建てられる。
あの決断はクレバー。冷やかす向きもありますけど、さすが一流企業のトップジャッジだと感心しました。素早かったしね。

でもって、今回の年金。
クレバー・・・なのかな。
単なるのび太だとしたら、不安でしょうがないです。

[1280]モンスターならぬフレンドリーペアレントが法廷に出現

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

我が子の取り合いになると本質から外れ、つい、アピール合戦を始めかねないというお話。

事件の筋としては、離婚時の親権を、父母のどちらが得るかというもの。
この問題。一般的には「母性有利」といわれ、特に小さい子の場合、お母さんの存在が欠かせないとされてきました。
ところが最近、お弁当を作ったり幼稚園へお出向かいしたりする「イクメン」が登場しましたよね。
そのせいか現在では、父か母か・・・という尺度ではなく、「実際に育てているのはドッチなんだ」という視点が重視されています。
さらにこの上を行くのが、今回取り沙汰されている「フレンドリー・ペアレント・ルール」です。

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「テレ朝news」より

おもしろい判断の仕方ですよね。
「どちらの親が相手に対して友好的なのか。ケンカ腰の親に子どもを渡すのは、養育の観点からよろしくない」というルールなんです。
本件の場合、母親側は、「月一回、年にすると12回、別れた父親に会わせる」としています。
対する父親側は、「約3日に一回、年にすると100回、別れた母親に会わせる」と主張。
その差は8倍以上ですから、父親のほうが、より「フレンドリーなペアレント」であると。
笑っちゃいますよね、こういう数字争いって。

実際、年100回なんて、子どもからしたら迷惑なだけなんですよ。
塾だって通わなくちゃいけないし、部活の合宿、修学旅行、クラスメイトのお誕生日会、ちょっとした友だちとのお出かけ、個人的な買い物・・・これ、全部行けなくなります。
だって、学校に加えて、3日に1日はつぶれるんでしょ。例え数時間だとしても。
そういうことがお互いにわかっていて、なお、回数を争う。
付いている弁護士、バカじゃないの。

「オレ、プラモデル100個持ってるぜ」
「オレなんて、1万個だもーん」
「オレは1兆億個だい」

みたいなもので、現実味がない。
さすがに高裁は認めませんでしたが、そういう世界っていうかルールって、あるんですね。

[1279]希望が見えなかった小田原市のジャンパー職員

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

小田原市の生活保護担当職員が、S生活・H保護・A悪を撲滅する・Tチームの頭文字を取った「SHAT」ジャンパーを着用していた問題。
弁護するわけではないですけど、事件の見方に注意が必要だと思います。
なぜなら、職務の性質が、「良くて普通、悪くてマイナス」という特殊な状態だからです。
加点評価というものが一切存在せず、減点評価で行動している。
何て言うのか、「世界的に表彰されるような受給者」なんて存在せず、ルールに沿っている人が最優秀者。
かれらはプラス的に評価されることがない。良くて0点な世界。
クラスの平均点は、常にマイナスなのです。

同じような例として、違法な路上駐車が挙げられます。
これも、「社会的に意義のある路上駐車」なんてない。
なのに、「道路が空いているんだから、いいじゃないか」と言いがかりを付けられる。
何というのかな、ダークフォースなんですよ。世界は。
それでいて、救いとなるフォースは存在しない。
やっぱり、何かしらバリアのようなモノが必要になってくるんじゃないでしょうか。大義名分と言うのかな。

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大義名分ジャンパー、カナロコより

例えば、ミシュランがおいしい店を顕彰する場合は、お互いにモチベーションの上がる「ウィン・ウィン」の関係。
しかし、良くて0ってことになると、少なくともウィンが成り立たない。へたしたら「ロス・ロス」。
こういう場面では、自分のしていることが「プラスにつながることなんだ」と信じたいわけですよ。
少なくとも、ムダな税金の使われ方をチェックしているんですから。
その象徴が欲しかったんじゃないかな・・・と思っています。
じゃなきゃ、やってられんて、「ロス・ロス」の世界だもの。やればやるほど、クラスの点数か下がっていく。

モチベーションの上げとして、やり方は間違っていますけど有効なのが、他人の批判です。
それに正義感がおっかぶさってくると、得てして行き過ぎる。
これはね、何かほかの場面でも起こり得る話だと思っています。
何だろ、禁煙地域を取り締まるオッチャンたちかな。

「エリア外での喫煙行為は、禁止されています」
「あなたの煙が、他人に迷惑をかけています」
「有害物質をまき散らすな、ボケ」

これ、程度問題でしょ。
やっていることは、どれも同じ。
キレイで差し障りのない言葉なら許されるのか・・・何か、本質からズレていますよね。
平均点がマイナスの世界で、どう職員のモチベーションを維持していくのか。
4400円で64着売れたというのも、わからなくもなくもないです。

[1278]「運命が死をヘルプする」 三島由紀夫の人生観

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

作家として知られる故・三島由紀夫氏の収録テープが、TBSの社内から見つかったそうです。
いわゆる「お蔵入り」というヤツで、日の目を見ないまま忘れられてしまったのでしょう。
個人的な感想ですけど、三島氏に対する長嶋茂雄のイメージが強すぎて、違和感というのも変ですが、ピッタリこなかったです。
それはそれとして・・・。

内容を聴いて思ったのは、「この時代の文学って、人それぞれに個性があって、おもしろかったんだろうな」ということでした。
氏は、尊敬する川端康成のスタイルを「日本画的」と評し、対する自分の作品を「油絵的」と表現しています。
「日本画的」に関連するワードとしては、「大きな川の流れのような」「余白がある」といったところ。
一方の「油絵的」では、「構成が劇的」「ドラマティック」など。
前者が黒澤映画だとすれば、後者はハリウッド作品みたいなイメージなんでしょうか。

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報道一例としての「TBS News」

また、後半部分の、「人間は死んだときに初めて人間になる・・・中略・・・運命がヘルプしますから」というのが、印象的でしたね。
人間を一つの小説として考えると、わかりやすいかもしれません。終わりがあってはじめて小説になるんだと。
ところが、終わりの付け方は、自分で決めることができない。
三島氏いわく「生きているうちは、その人間の運命が何か分からない」のだそうです。
そこで登場するのが運命。定めと言い換えられるでしょうか。

小説の結末は、読み終わらない限り知ることができない。
ところが、読み終わったということは、連続性がいったん切れることになります。
ここ、微妙ですよね。
生でいるうちは結末を知ることができない。しかし、死んでしまっては自分の定めを自覚することができない。
まさに後生が、彼の定めを評価しようとしているわけです。
うーん、文学ですな。
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Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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