[554]小学校ニノキンⅢ「高岡市立定塚小学校」像

~ニノキン・クロニクル【二宮金次郎像オマケコラム】~

カエルはヘビににらまれると、動けなくなるそうです。
目力っていうんですかね。
人間でも、その人の精神力が目を通して入り込み、金縛りに合ったような感覚を覚えることがあります。
実は、ニノキンでもあるんですよ。
たぶん、私だけだと思うんですが、とりあえず紹介します。

554.jpg
既出かもしれませんが、「高岡市立定塚小学校」像

この像の不思議なところは、横から見ると、目線が本へ落ちているように感じること。
ところが、正面に回ると、フェイスアップしてるんですね。
本を、指の股にかけて持っているので、指さされている感じもしてきます。

「きちんと前方を注意してるんですよ、下を見ては歩けないですからね」
校長だか銅像系関係者だか、今では忘れてしまいましたが、そんなことを言っていた気がします。
高岡では、前を見ている像が、ほかにもいくつかありました。

一方、小田原原像はどうだったかというと、こちらは「本」目線。
フェイスアップは、比較的最近の傾向かもしれません。

話は戻って、この像。
足が長く感じませんか? 全身のほぼ2分の1。
実は、ニノキンの多くがそうなんです。
おそらく史実とは関係なく、なんとなく半分で造ったのでしょうけど、下から見ることが多いので、気になるっちゃ気になる。
後に、「足長おじさん」的な事業もしていくわけですが。
スポンサーサイト

[553]小学校ニノキンⅡ「南足柄市立南足柄小」像

~ニノキン・クロニクル【二宮金次郎像オマケコラム】~

本ではなく、ワラジを持つ像というのが、いくつか確認できています。
508 で紹介した「神奈川県箱根町立湯本小」像もそうですね。
これらは、ニノキンが幼少時、世の中の役に立ちたいと考えてボランティアをしていたというエピソードを元にしています。

では、こうしたオリジナルをどうやって作ったのかというと、それこそ逆に、高岡へ頼らざるを得なかったわけです。
そんな技術とヤル気は、ニノキンの産地しか持っていませんから。

553.jpg
「南足柄市立南足柄小」像のケツには、制作者の名前が彫られている

この「丹長」というのは、富山県に住む原形師の慶寺丹長のこと。
ちなみにこの人は、小田原原像も製作しています。

同像の設立は1958年とのことですから、高度な製作技術が普及してもなお、「ニノキンは高岡で」という意識があったんでしょうね。
もしくは、丹長がある種のブランドのように扱われていたのでしょう。
「慶事家に在らずは、ニノキンと認めず」みたいなことになっていたとしたら、ちょっとおもしろいですよね。

この人が手がけると、ワラのディテールとか、ヒザの継ぎ当ての部分とか、結構いい仕事をしてきます。
で、オチがあって、ちゃんと「本」を懐に入れているんですね。
この、ジョークというかひねりというか、プロが持つ余裕がいい。
なるほど、ほかにまねできないわけです。

テーマ : 息抜き
ジャンル : 就職・お仕事

[552]学校外ニノキン追加「丸太運搬」像

偶然、学校外物件を見つけたので、1つ前のテーマに戻ります。
芝とかまきじゃなく、丸太を半分に割って運んでいるニノキンです。

どこで確定したのかすでに覚えてないんですが、写真の日付やその前後の画像を見る限り、「報徳記念館」を訪ねたときではないかと。
周辺をブラついてみたかったので、一駅前の「富水駅」からアプローチしてみました。
そうしたら、駅から北東方向の小さな川沿いに、突然出現したような気がしています。

552.jpg
丸太じゃなくて、ディテールの問題です

五右衛門ブロを沸かしたことのある人なら、割ったまきが合わさると、こんな風になることをご存じかもしれません。
あっ、そうか、キャンプ場でもあるか。針金で束ねて、保管しておくんですよね。
つまり、ニノキンは芝がないとき、自らコナラの木を倒して、まきを割っていた可能性が出てくるんですな。
(史実的には、背負子を使っていませんので、この推測はフィクションです)

ま、それはそれとして。
仏教思想プンプンです。
おそらく、墓石を扱う石材店が、自分の好みで作っちゃったと思われます。
一応、小田原原像のお近くですから、タイプとしては富山銅像系列ですね。着物-右足前です。
膝下の部分なんてルーズソックスっぽくて、ディテールに凝ってるんですけど、まきの辺りまできて飽きちゃったんでしょうな。
もう時間が無いし、「まるっと作っといて切れ目だけ入れとけ」みたいな。

よくよく見ると、切り株がない代わりに、両足の間に詰め物をしてくっつけていることがわかります。
しかも、左足、ちょっと浮いている!
正統派からは外れますが、結構好きです、この像。
それにしても、民家が発注するあたり、恐るべきはジモティ。

テーマ : 息抜き
ジャンル : 就職・お仕事

[551]小学校ニノキンⅠ「豊川市立小坂井西小」像

~ニノキン・クロニクル【二宮金次郎像オマケコラム】~

そろそろニノキンのネタも尽きてきたので、最後に小学校内の物件をいくつかご紹介して、このコーナーを閉めようと思っています。
この次は何にしましょう。
「止まれ」の路面標識を、北海道から沖縄まで、デジタルマスタリングしてみますか。

さて、本題。
愛知の石像系列、つまり、モンペ-左足を追いかけていたときのことです。
この系統には欠かせないのが「切り株のようなもの」なんですが、それがない像を、偶然見かけたんですね。

551.jpg
二本の足だけで立つ、「豊川市立小坂井西小」像

石像の場合、ニノキンは、バランスの悪さを補うために、3点倒立の手法が用いられます。これが、足元にある「切り株のようなもの」です。
ところが、銅像である初号機を模写して建てられた初期の石像は、そこまで工夫する必要を感じなかったのか、二本足のままであることが多いんですね。
「豊川市立小坂井西小」像は、この変換点のはざまにある貴重な像かもしれないのです。

そのときは通りがかっただけなので、詳しい取材をすることができませんでしたが、昭和6年以前に設立されていたとすれば、これは事件です。
こちらで確認できている限りでは、モンペ-左足+切り株の意匠は、昭和7年の「名古屋市立幅下小学校」が最初。
それ以前の岡崎三兄弟(昭和3、昭和6、昭和7)は、初号機を踏襲したモンペ-右足。
この間を取ると、モンペ-左足の二本足になります。
この像、結構古そうですが、どうなんでしょう。

テーマ : 息抜き
ジャンル : 就職・お仕事

[550]学校外ニノキンⅫ「辻堂まちかど」像

~ニノキン・クロニクル【二宮金次郎像オマケコラム】~

「まさか、知らなかったんですか?」
何かの打ち合わせで、えらく突っ込まれてしまったので、あわてて我が町に建ったニノキンを確定。
辻堂駅の北口から歩いて1分ぐらいの場所、COOPの北西端あたりにありました。

寄贈者は、辻堂でそこそこ有名な建設業「角倉組」。
創業者が報徳人であることは知っていましたが、震災復興を祈願して、2012年に設立されたようですね。

550.jpg
愛知系の石像(コンクリ像)で、きましたな

モンペ-左足前、足元の切り株、芝の太さなどなど、典型的な愛知系です。
しかし、表情が多少ソリッドで、愛知本家のクラシカルなものとは幾分異なっています。

像の後ろにある銘板から、気になるところを引用してみましょう。
「東北大震災による市民生活の不安、政治・経済の混乱が続いている今日だからこそ、国難を救った(中略)金次郎さんの教えを伝承していくことが大切」とのこと。

続いて、「人々の心の中にある荒れた心を清らかにし、1人ひとりが滑らかに育てていけば、荒れ果てた土地が想像を超えた広い範囲であろうとも恐れず復興の道を歩んでいける」とありました。

本と柴にこだわらず、オリジナル作っても良かったのに。この近くにあるK油脂さんの敷地内には、「松の苗にクワ」のニノキンがいます。
例えば、建材にヘルメット、手には工具箱、もちろんはいているものはタッパなんてどうでしょう。
報徳人なら、勉強をしていたことを是とするのではなく、何をしたかを表してほしかったかな。

いずれにしても、ニノキンを建てるという行為がまだまだ生きていて良かったです。
ある意味、学校外で活用した方が、意が伝わるかもしれないですね。こんなところにいきなりあったら、誰でも驚くもの。

テーマ : 息抜き
ジャンル : 就職・お仕事

[549]学校外ニノキンⅫ「高岡モンペ」像

~ニノキン・クロニクル【二宮金次郎像オマケコラム】~

何度も繰り返すようですが。
着物を着て、右足を前に出すのは、富山県に端を発する銅像の意匠。
モンペをはいて、左足を前に出すのは、愛知県の石材工らが始めた石像の意匠。
ところが、富山県の震源地でもある高岡にも、モンペ像はあるんですね。
しかも、民家の軒先。

549.jpg
足はほとんど平行、瀬戸物のように見えますが、金属製です

高岡市には金屋町(かなやまち)というところがあって、江戸時代に7人の鋳物師を招き、武器や農具の製造に力を入れたとされています。
後に、井上江花(いのうえこうか)という記者が『銅像論』を記し、木造からの脱却が図れたのは、こうした下地があったからなんですね。

「富山サッシ」といった金属加工メーカーがこの地に多いのも、この影響だと思われます。
最も、ここまで時代が近くなると、中国との貿易の便といったほかの要素も加わってくるのですが。

話は戻って、このニノキン。
帯ではなくて、腰ひもですね。結び目もない。
芝も大きく2束になっていて、なかなかユニークな造作がうかがえます。
総じて、オリジナル性が高いですね。

写真からはわかりづらいですが、足の後に、倒立を支える補助板のようなものがあります。
これは石像固有の特徴といえるもので、元になるデザインがあったんじゃないかと、私はにらんでいます。
それに、全体的に動きが無く、突っ立っているような感じ。つまり、高岡デザインの銅像ではなさそうです。

テーマ : 息抜き
ジャンル : 就職・お仕事

お仕事のお問い合わせ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
プロフィール

てつまる

Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

最新記事
カテゴリ
お世話になっているサイト様
最新コメント
最新トラックバック
コトバカウンター
special thanks to
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR