[1738] 誰でも勘違いして「ライター」を名乗る

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

いま考えると、ライターになったきっかけは、明らかな「勘違い」でしたね。
後悔はしてませんよ。
もちろん、これからも続けていきます。
ただし、「オレなら、もっとおもしろい文が書ける」という動機は、この世界であまり重要じゃなかったんです。
そうではなく、「求められているモノを、少しだけプラスアルファして納品する」ことが、商業ライターに欠かせない資質でした。

じゃあ、「山ガハ」でやってきたことがムダになったかというと、決してそうではありません。
最近になって思うんですが、「山ガハ」って、文章的なおもしろさはねらっていなかったんですよね。
目の前にあるフツーのことを、独自のフォーカスで「サマる」というのかな。
切り口、あるいは分析の仕方がユニークだったのではないかと。
全国のやきそばから「東湿西乾の法則」を発見したり。
グーグルの検索結果から「生駒軒の発祥地」を推測していったり。
城と神社の位置関係から「レイラインの存在」を導き出してみたり。
ニノキンも、そのノリですよね。あのシリーズは、学術書だったもの。

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もはや、過去の遺物でございます

つまり、知らず知らずのうちに、「取材テーマの掘り出し、磨き出し」を練習していたんです。
これは、独立後の貴重な財産になりました。
言葉は不定形ですから、求められているモノを探るのに、「掘り出し、磨き出し」の技術が欠かせません。
むしろ、人が気付かないテーマでサマると、意外な真実が見えてくる。
事実、「生駒軒の発祥地」を割り出していたわけですし、「ニノキンの系統樹」を紡ぎ出していましたよね。
だから、取材先の強みを分析できる。それをロジックで説明できる。

その意味で、おもしろい文が書けるという人は、クリエイターや作家が向いているのではないでしょうか。
ライターに向いているのは、そうですね・・・例えば「言い訳がうまい人」。あるいは「あだ名を付けるのが得意な人」。
前者は、納得できるロジックによる具象化。後者は、言葉によるイメージの抽象化。
そういえば会社員時代、自分の言ったセリフが、いつの間にか人の「あだ名」になっていたことを思い出します。
あれ、ある種のキャッチコピーづくりだったんですね。
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[1737] 「木々の名は。その3」ケヤキ

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

街中で見かける樹木を知ろうという企画、第三弾。
いよいよ感がありますよね、ケヤキとなってくると。
待ちに待っていた大物。
飛車角クラスとはいかないまでも、金銀あたりの重鎮。

そんなケヤキですが、その特徴は、上に伸びた放射状の枝ぶりにあるようです。
松は、例えるなら、インドのダンスで見る腕のような形。
こう、ヒョイっヒョイっというのかな。ウェートレスさんがお盆を持っているような姿。
対してケヤキは、枝ボウキを逆さまにしたようなシルエットをしています。
葉が付くのが遅く、G.W.あたりでやっと緑に覆われてくる。

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この写真を撮ったのは9月です

もう一つ特徴を挙げるとすれば、ヒイラギのようにギザギザした葉っぱ。
でも、肉厚なヒイラギとは異なり、ペラペラです。
そういえば、紅葉したケヤキの葉を手でもむと、粉のように砕けていってしまいますよね。
いままで、名前も知らずにいじっていましたけど。

また、ギザギザを良く見ると、マンガで画く「炎」のような形をしていることに気付きます。
ギザギザの葉先が、すべて上を向いている。
ノコギリだと放射状というイメージを持ってしまいますから、表現には気をつけたいですね。

空に向かって末広がりであることから、基本的には縁起の良い樹木。
その語源も「けやけき」、目立つ・際立つという意味なのだそうです。
ただし、個人宅には不向き。落ち葉も「けやけき」ことになります。

[1736] 自分ファーストで他人のファーストを非難していないか

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

この間、朝日新聞の副読紙に、韓国から北欧へ移住した人の話が載っていました。
その人いわく、韓国は、他人を蹴落としてまで1番を競う社会だと。
対する北欧は、隣人に対して何ができるのかを重視する社会だと。

仕事柄、クライアントの「差別化」を意識している自分にとって、ちょっとショックでしたね。
なぜなら、自分のやってきたことは、韓国型のコピーワークだったんです。
自由主義の元、競争社会を当たり前のように考え、「特徴出し」ばかり考えていました。
もしかしたら北欧型のコピーのほうが、現代社会になじむのではないでしょうか。

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オレがオレがの「我」をやめて、おかげおかげの「下」で生きる

例えば飲食店なら、近所の老人ホームに「柔らかくて栄養バランスの良い食事」を提供しているとか。
歯科医院でも、医師会のつながりを駆使して、「産後うつ」のNPOを紹介できるとか。
そういった地域活動的な要素を、あえて打ち出してみたらどうでしょう。

日本の人口はいずれ1億人を割り、自国のパイだけでは食っていけない状況にさしかかっていく。
そうしたなかでシェア争いに力を置いても、おのずと限度があると思うんですよ。
片意地を張っていないで、みんなで協力し合わないと。
いきなりは無理だと思いますが、それでも取材の中で、「横つながり」を意識したヒアリングをしてみようと考えています。
「先生、もう時代は、自己アピールじゃないんです。何かCSR的なコトってないですか」
っと刺して、必要性に気付かせるというのかな。

別に仕事と関係なくても、「自分は、自分は」という発想はひとまず置いておいて、「何か他人に寄与できる」ことを大切にする。
また、そうした価値の周知に配慮する。
例えば、トランプ批判は他人の否定なんですから、自分ファーストに過ぎないことを知らしめる。

どうやら、今年の大きな目標が見えてきたようです。

[1735] 花見は、いつから行事になったのか

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

お花見って、イベント化しちゃってないですか。
少なくとも、「咲いているサクラをめでること」ではなくなってきているような気がします。
「今年は、サクラ見ました?」
って会話、あまり聞かないですもんね。
「今年は、お花見行きました?」
になっている。

飛鳥山の近くでロケがあり、2時間の空きが出たので、吉宗公ゆかりの「元祖お花見」体験をしてこようと思ったわけです。
ソメイヨシノは、いまが満開。
天気もヨシ。
ところが、ほとんどのスタッフが「喫茶店で時間をつぶす」と。
アレ? オレ一人?
もうお花見をやっちゃったのかと思ったら、そうでもなさそう。
つまり、行事的な「お花見」じゃないから、行く気にならないみたいなんですね。
特に若い人ほど、そんな傾向があるようです。

1735.jpg
お花見発祥の地・・・の一つとされる「飛鳥山公園」

一方の現場。
平日の日中なので、地域のママ友グループを良くみかけました。
ここでも、ある種の行事化が行われているようです。
何ていうか、グループ内の役割を演じる舞台として、お花見が成立している。
例えば、場所取りだとか、買い出しとか、手作り料理の分担とか。
ご近所の呼びかけだから、参加しておかないと・・・みたいなところがある。

窮屈。
何だか見ていて、息が詰まりそうでした。
もう、サクラなんて関係ないんでしょうね。
「地域や会社による行事」だから、外で飲食する・・・というだけの呈。
吉宗さん。よみがえって「成敗」してやってください。

[1734]「木々の名は。その2」コノデガシワ

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

身近にある木々の名を、いまさらながらに知っておこうというこの企画。
今回は「コノデガシワ」です。

駅の植え込みなんかで、葉脈だけ取り出したような形の葉を見かけることはありませんか。
「手の形」をしていて、比較的同じ方向に並んでいるような。
アレです。
児の手で「コノデ」、残る「ガシワ」は良くわからないのですが、「かしわ手」じゃないかと勝手に思い込んでいます。

1734.jpg
この時期、葉先に花をつけている

呼び方なのか種類なのか不明ですけど、「センジュ」というものもあるようですね。
ただ、属の名称として登録されているので、ざくっと「コノデガシワ」でいいんじゃないでしょうか。
ちなみに、写真を撮ったのは、オウゴンコノデガシワという種類でした。

園芸イメージが強くて、プードルのように刈り込まれているものだから、低木かと思っていたらさにあらず。
結構な高さに育っている木も見かけます。
あと、規則正しい生え方が逆に「書類立て」みたいな印象を与えるのか、ゴミとかを挟まれやすいですよね。
常緑樹なので、いつでもクリップ。
かわいそうに。

この葉っぱ・・・というのかな、良くみると枝のようにも思えるイボイボ・・・が何よりの特徴。
イチョウも変だけど、コノデガシワもなかなかにユニーク。
歴史をたどると、万葉集に詠まれているとのことです。

[1733]「地球が丸い」と最初に言い出したのは、イエスなのか

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

キリスト教を説いて回っている人たちって、良く見かけますよね。
ときどき家に訪問してきたりしますが、あながち邪険にするのも何なので、話だけは付き合っています。
彼らにとっての布教活動は「天国への階段を登ること」へ直結するので、妨害するのもしのびない。
でも、無理がある部分については反論しています。
宇宙はビックバンによって生じたと、信じていますから。

ところがですね、どうしても否定しがたいマターがあるんですよ。
彼らいわく、聖書には「地球が丸い」と書かれている。
2000年前の時代にそんなことを知っているのは、神様とイエスだけであると。
この話を出されてしまうと、ぐうの音も出ないんです。

1733.jpg
そのまんまの茶濁でございます

しかし。やっとやっと、反論の糸口を見つけました。
つまり、預言者や神がかった人物を演じたかったら、周りの人が考えもしないような奇論をいくつも並べておけばいいんです。
書いたらダメ。
あくまで、伝承の類いで残しておく。

すると、1000に3・・・つまり「センミツ」くらいの確立で、合っていることがある。
これを後生は「奇跡」と信じて、書物に残してくれる。
そういえばアノ人、こんなこと言っていたよねと。

自分で書くと、センミツの確立が形として残ってしまうから、単に奇人と思われてしまう。
そうじゃなくて、10万のデタラメを自然淘汰させておけば、300の偶然が結晶化するでしょ。
聖書のネックは、タイムリーな伝記ではないこと。
伝承がダーヴィニズムしていますよね。
よし、これでクリア。
こういう頭の体操にはもってこいです。あの人たち。
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てつまる

Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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