[1280]モンスターならぬフレンドリーペアレントが法廷に出現

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

我が子の取り合いになると本質から外れ、つい、アピール合戦を始めかねないというお話。

事件の筋としては、離婚時の親権を、父母のどちらが得るかというもの。
この問題。一般的には「母性有利」といわれ、特に小さい子の場合、お母さんの存在が欠かせないとされてきました。
ところが最近、お弁当を作ったり幼稚園へお出向かいしたりする「イクメン」が登場しましたよね。
そのせいか現在では、父か母か・・・という尺度ではなく、「実際に育てているのはドッチなんだ」という視点が重視されています。
さらにこの上を行くのが、今回取り沙汰されている「フレンドリー・ペアレント・ルール」です。

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「テレ朝news」より

おもしろい判断の仕方ですよね。
「どちらの親が相手に対して友好的なのか。ケンカ腰の親に子どもを渡すのは、養育の観点からよろしくない」というルールなんです。
本件の場合、母親側は、「月一回、年にすると12回、別れた父親に会わせる」としています。
対する父親側は、「約3日に一回、年にすると100回、別れた母親に会わせる」と主張。
その差は8倍以上ですから、父親のほうが、より「フレンドリーなペアレント」であると。
笑っちゃいますよね、こういう数字争いって。

実際、年100回なんて、子どもからしたら迷惑なだけなんですよ。
塾だって通わなくちゃいけないし、部活の合宿、修学旅行、クラスメイトのお誕生日会、ちょっとした友だちとのお出かけ、個人的な買い物・・・これ、全部行けなくなります。
だって、学校に加えて、3日に1日はつぶれるんでしょ。例え数時間だとしても。
そういうことがお互いにわかっていて、なお、回数を争う。
付いている弁護士、バカじゃないの。

「オレ、プラモデル100個持ってるぜ」
「オレなんて、1万個だもーん」
「オレは1兆億個だい」

みたいなもので、現実味がない。
さすがに高裁は認めませんでしたが、そういう世界っていうかルールって、あるんですね。
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[1180]2016年通期速報値

~ライターとか、やってます【文章で食べていく方法】~

毎度、誰も確定値を期待しない速報値でございます。
しかも、速報値ですらない。

さて、具体的な数字は避けて、達成率でいきます。
収入目標達成率 91.4%
支出目標達成率 98.3%
純粋に増えたお金 約30万円
思ったより稼げず、思ったより使っちゃったけど、一応、黒字だよと。

収入減の主たる原因は、10月の落ち込みでした。
14万円ぐらいしか稼いでいません。
これはなぜかというと、小学館の『SAPIO』誌に単発枠をいただいたからです。
ええ、結構力入れて、準備しました。
いつもの仕事は、放ったらかしです。

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近くのコンビニに頼んで、撮らせてもらった写真

支出増の主たる原因は、所得税の大幅UP。
確定申告、間違えていたのかな・・・。
一昨年ベースで考えていたので、ものすごいギャップというか、衝撃。

純粋に増えたお金は、生活費や趣味などの総費用を除いた額です。
これを60万円で「経営計画」していました。
黒だけど、半分しか残りませんでしたね。

さて、今年は、この2016年ベースに対し、
収入でプラス30万円。
支出でプラマイゼロ。
を見込んでいます。
つまり、1年足踏み・・・というか、「元に戻す」形になりますな。
来月の確定申告では、せいぜい領収書や出勤伝票を切って、課税対象の所得を落としますよ。
それで支出を30万円、抑えてもいい。
どう計算するかは知りませんので、結果次第ということになりますが。
ちなみに「青」って、ナニされないんでしょ。
アレをコレしたところで、そうならないんじゃないかと。
いま、取材先の税理士さんに、いろいろ相談しているところです。

[1679]20170101(2)読売新聞

~新聞全面広告ギャラリー~

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[1725]火で遊べなくなった人類

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

キャンプへ行ったりすると、マッチを擦りますよね。
あれ、とても見ちゃいられない人っていませんか。
彼ら・彼女らに共通しているのは、しっかりホールドせず、指揮棒のようにグラグラする持ち方をしていること。
それでもって、マッチを自分の方へ飛ばして、キァアキャア言っている。

あのね。マッチはみじんも動かないように、3本指とかで持つの。
そして、体から離れた方へ擦るの。

ライターにしても怪しいもので、なぜかヤスリの付いたリングを、人さし指で回そうとする人がいますな。
本体をしっかり持てないから、得てして落とす。
というか、その前に、火が付かないって。
あれはね・・・やめた、説明するのがバカらしくなってきた。

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3.11の停電で多用した、サラダオイルとロープのあんどん

こういう人たちの誕生には、考えるに、禁煙が絡んでいると思っています。
日常では、タバコ以外、ほとんど火を使わないですよね。
もちろん、ガスレンジとかは除いての話です。

火は、人類を人類なさしめる必要条件だったはず。
以来、長い歴史を通し、文化や遊びの中に取り入れられてきた道具なんです。
自分はタバコを吸いますから、「ライターの火がそんなに熱くない」ことを知っている。
根元をつかんで消すなんて、造作もない。
でも、火が使えない人たちは、そんな事実を知らないわけです。

かまどの火には、ご飯を炊く力がある。
でも、マッチ一本の火には、手を温める力すらない。
この区別が付かないんだな、身近にタバコを吸う人がいないと。
全部が「火」で、全部が「熱い」と思っている。
その意味で、タバコって、最も人間的な趣味なのではないでしょうか。
健康の面だけで判断してくれるな。
喫煙者になれ・・・とは言いませんが、身近に火がない生活というのも、どうかと思います。
練り香とか香木とか、以外と火って、遊べますよ。

[1479]教職員の健康診断を、どの医療機関もやりたがらない理由

~記事はどのようにして作られるか【取材現場の裏話】~

先週に引き続き、健康診断ネタです。
教職員が採用時に受ける健康診断には、「言語障害」「運動機能障害」などの特殊な項目が含まれます。
そりゃそうですよね。
生徒を相手に、しゃべれなきゃ困りますし、ときには体で見本を示す必要がある。
ところが、この「言語障害」や「運動機能障害」といった項目は、お役人が設定しているのです。医師ではありません。

これがどういう意味を持つのかというと、何をもって「障害」がないと言い切れるのかについて、明確な基準が定められていないことになります。
だって、お役人仕事ですから。
医師と打ち合わせたりしていませんから。

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「うんどうきのうって、何ダロウ」

そうなると、実際の健康診断では、どのような項目を測定しているのでしょうか。
答え・・・「病院が、こぞって避けまくる」。
対応は、もっぱら2種類に分かれるようです。
一つは、医師が真面目に考えすぎて、必要とされる検査項目を見いだせないパターン。
腕の可動範囲なのか、肺活量なのか、それとも血糖値か?・・・なんていって、悩むわけです。

もう一つは、「早い話、医師が『健康だ』とお墨付きを付ければいいんだろ。でも、責任を取りたくないからな」といって断るパターン。
一般的な健康診断項目なら、法律に定めてあるわけですから、その範囲でやっておけばいい。
しかし、医師が勝手に検査項目を設定しちゃうと、個人の責任問題へ飛び火する。
病院の信用問題にもなりかねませんから、こういった依頼はご免被りたいと。
先生、かわいそうに。

ともあれ、ものすごく典型的な「お役所仕事」って気がしませんか。
中身を考えず、外面だけ整える。
もうね、こんな事例がわんさかあります。
ちなみに、教職員というのは一例です。
ほかにも、衛生面に特化した飲食店だったり、伝染病対策が求められる介護施設だったり・・・。
どうして、この国は機能しているんだろう。
不思議でしょうがないですよ。

[1379]「が」の繰り返しについて、使い方再考

~正解なんてない!日本語の選び方【文章作成のコツ】~

いままで、一つの文中に同じ助詞がカブることを、ひたすら避けまくっていました。
唯一「の」だけは例外みたいですけど、それすらも回避しようとしていたわけです。

いくつもの味覚「が」繰り返し味わえるの「が」、このスイーツ「が」持つ特徴だ

ところがですね、最近になって、あまり原理主義にこだわり過ぎるのもどうか・・・という気がしてきました。
文意優先、小手先二の次。
試しに、直近の原稿から、引っ張ってみましょうか。

多くの情報「が」飛び交い過ぎ、医師「が」正論を説いても、否定される場面すらあるほどです

おそらく以前なら、
あまりに多くの情報「が」飛び交い過ぎ、医師の正論を否定される場面すらあるほどです。
にしていたと思います。
ただ、これだと、後半がもたつくんですよね。
肝心な「医師が否定される」というニュアンスも、埋没してしまいます。

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繰り返しも美学になり得るという茶濁

もう一例。今度は「を」です。

目的「を」しっかりご理解いただいたうえで、満足のいくゴール「を」めざしましょう。

修正例
目的「を」しっかりご理解いただければ、満足のいくゴールが見えてきます。
ムリムリ直してます。
以前は、これが正解・・・というか仕事だと考えていました。
しかし、修正前は共同作業ニュアンスだったものが、修正後になると単独行になっちゃってますよね。
文字面を追いすぎると、インタビュイーの原義からかけ離れていく。
それは、やっぱり正解じゃ、ないんですよ。

もちろん冒頭のような「が」の重複は、悪文以外の何ものでもありません。
そうではなく、助詞を一つの連結器と見立てたときに、機関車と客車の両方がそろっているなら、複合的な車両編成もアリじゃないかと。
機関車が、機関車が、機関車が、客車・・・というのは頂けないわけです。
機関車が客車であり、そして機関車が客車なら、旅もまた楽し・・・これはこれでヨシではないかと。

まあ、難しいですよ。
ドッチも不十分であることがわかりつつ、妥協点を求めるっていうのは。
そのようなときは、原義を残すワーディングが一番。
なので、読みやすさでいうと、直近のスキルは落ちていると思います。
あえて「が」のカブリに甘んじていますから。
いったい、何が正しいんでしょうね。

[1279]希望が見えなかった小田原市のジャンパー職員

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

小田原市の生活保護担当職員が、S生活・H保護・A悪を撲滅する・Tチームの頭文字を取った「SHAT」ジャンパーを着用していた問題。
弁護するわけではないですけど、事件の見方に注意が必要だと思います。
なぜなら、職務の性質が、「良くて普通、悪くてマイナス」という特殊な状態だからです。
加点評価というものが一切存在せず、減点評価で行動している。
何て言うのか、「世界的に表彰されるような受給者」なんて存在せず、ルールに沿っている人が最優秀者。
かれらはプラス的に評価されることがない。良くて0点な世界。
クラスの平均点は、常にマイナスなのです。

同じような例として、違法な路上駐車が挙げられます。
これも、「社会的に意義のある路上駐車」なんてない。
なのに、「道路が空いているんだから、いいじゃないか」と言いがかりを付けられる。
何というのかな、ダークフォースなんですよ。世界は。
それでいて、救いとなるフォースは存在しない。
やっぱり、何かしらバリアのようなモノが必要になってくるんじゃないでしょうか。大義名分と言うのかな。

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大義名分ジャンパー、カナロコより

例えば、ミシュランがおいしい店を顕彰する場合は、お互いにモチベーションの上がる「ウィン・ウィン」の関係。
しかし、良くて0ってことになると、少なくともウィンが成り立たない。へたしたら「ロス・ロス」。
こういう場面では、自分のしていることが「プラスにつながることなんだ」と信じたいわけですよ。
少なくとも、ムダな税金の使われ方をチェックしているんですから。
その象徴が欲しかったんじゃないかな・・・と思っています。
じゃなきゃ、やってられんて、「ロス・ロス」の世界だもの。やればやるほど、クラスの点数か下がっていく。

モチベーションの上げとして、やり方は間違っていますけど有効なのが、他人の批判です。
それに正義感がおっかぶさってくると、得てして行き過ぎる。
これはね、何かほかの場面でも起こり得る話だと思っています。
何だろ、禁煙地域を取り締まるオッチャンたちかな。

「エリア外での喫煙行為は、禁止されています」
「あなたの煙が、他人に迷惑をかけています」
「有害物質をまき散らすな、ボケ」

これ、程度問題でしょ。
やっていることは、どれも同じ。
キレイで差し障りのない言葉なら許されるのか・・・何か、本質からズレていますよね。
平均点がマイナスの世界で、どう職員のモチベーションを維持していくのか。
4400円で64着売れたというのも、わからなくもなくもないです。

[1179]商業カメラマンと商業ライターの、とある会話

~ライターとか、やってます【文章で食べていく方法】~

1月某日、都内某所

ラ) カメラも文章も、誰でもやれちゃうから、ボクらの立ち位置って難しいですよね。
カ) そうそう。わかる人にはわかるけど、「シロートでいいじゃん」という人もいる。
ラ) 自分にとっての「うまさ」って、読みやすさなんですよ。感動するような文章を書くのは作家の仕事。
カ) なるほど。
ラ) 逆に、Aさんの「うまさ」って、何ですか?
カ) やっぱり、見やすく写っているってことかなぁ。必要以上にボカして切る人がいるけど、商業写真じゃ、あり得ない。
ラ) ほとんど目にしかピントがいってない。
カ) 誰が写っているのかわからない(笑)。

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茶飲み話的な茶濁でございます

ラ) 商業的なプロって、芸術性は求めないんですよね。写真にしろ文章にしろ。
カ) 必要なものが、過不足なく収まりきっている。そこが一番難しかったりするんですけど。
ラ) まったく同感です。盛ればイイということでもないし、ボカすのが味ってわけでもない。
カ) 良く受ける指示に、「とりあえず、入れておいて」っていうのがあるんですけど、「とりあえず」って何。
ラ) ビールじゃないんだから。
カ) そう。ビールを入れておいて、後になってから画像処理で消すって、カメラマン要らないじゃん。
ラ) テキストもそうです。ビールがあること前提で文章を作るのと料理単品では、中身が全然違う。なのに、後からビールを削除されても、構成がゆがむんですよね。
カ) 編集や制作が、その辺をきちんとわかっていれば、ゆがまなくて済む。

ラ) でも、「とりあえず」って発想は、現実のものとして起こり得ますよ。
カ) 先に構成イメージができていれば、それに合わせて撮っていくだけなんですけどね。
ラ) 実際は、できあがった物を見てからネチネチやりだす。そのほうが簡単だし。
カ) 困ったもんですね。
ラ) 困ったもんです。だから、レベル下げになるような指示って、従っちゃ、いけないと思うんですよ。
カ) 言えてる。実は撮ってあるんだけど、最後まで出さない。「聞いてないよー」ってゴネる。
ラ) そんなことしているんですか。
カ) 再撮になったら意味がないので、奥の手です。
ラ) そっか。ライターは最悪、電話の追っかけができちゃうからな。やりたくはないけど。
カ) 単なる素材屋にはなりたくないですから。
ラ) 逆に、素材屋が全体をコントロールするって、アリですよね。コッチの理想としている素材だけで「作れ」と。
カ) そんなことができたらいいですね。
ラ) 本当にそうですね。時間だし、そろそろ現場へ入りますか。

[1678]20161218読売新聞

~新聞全面広告ギャラリー~

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[1724]ツメの切り方、伸ばし方

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

いまさら・・・という話でもあるんですが。
ツメは、上からフラットに切っていくそうですね。
自分はナナメから入って、最後に上部を整えていました。
しかし、この方法だと、肉とくっついている部分がとがってきてしまう。
そして、より状況に拍車をかけると。

繰り返しになりますが、正しい方法は、指先が平らになる切り方。
でもって、ナナメの部分は、ヤスリで磨く。
そんなことを言われても、もはや、どうにもなりません。

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やはり、左右の先が際立つ

指はまだ良いほうで、問題なのは足のツメです。
特に親指は、左右の先をほじくってというのか、爪切りで持ち上げて切っていましたからね。
肉とくっついている部分・・・ここは何でいうんでしょう・・・が、富士山のような形になっています。

どうなんでしょう。
正しいお手入れをしていれば、富士山が月山のように戻るんでしょうか。
ソッチ系の専門用語を使うなら、コニーデからアスピーテに変わるんでしょうか。
いましばらく、実践していくつもりです。

やっかいなのは、くつしたにすぐ穴が開くこと。
ヤスリをかけたところでとがっていますからね、アスピーテの両端は。
結局のところ、二者択一になるようです。

「アイツは、ツメはキレイだったけど、いつもボロいくつしたをはいていたよな」
「アイツは、肉が富士山だったけど、くつしただけはキレイだったな」

こう比べると、明らかに後者なんですけどね。
でも、正しいコトへの憧れから、身だしなみを見直していこうと思っています。

[1478]健康診断のメンドクササから開放してあげるのも「社会貢献」

~記事はどのようにして作られるか【取材現場の裏話】~

一般的な健康診断というと、企業の総務担当者が一括してとりまとめますよね。
彼ら・彼女らの願いは、「できれば、何ごとも起きないでクレ」。
もちろん、慈愛の精神に基づく場合もあれば、事なかれ主義もあるでしょう。
まあ、実質、後者なんじゃないでしょうか。

さて、立場は変わって、医療機関側の観点へ移ります。
「事なかれ主義」を前提とするなら、あまり「ネチネチ」やっていても、努力が報われないわけです。
むしろ、
「大きな問題はありませんでした、以上」
で済ませたほうが、ある意味「好まれる場合」がある。
もちろん、異常を隠すようなことは御法度でしょう。
しかし、受診者すべての詳しい解説が必要なのかどうかは、企業担当者次第ってところがあるんです。

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取材先がバレない程度の茶濁でございます

つまり、医学的な丁寧さは、必ずしも求められない。
むしろ、会計が一発でできたり、企業のフォーマットに記入してくれたり、そういう「手間のなさ」が評価軸になり得る。
話を聞いていて、リアル感というのか「そういう観点で動くんだ」というのがわかり、おもしろかったですよ。

これには裏話があって、メンドクササという垣根を下げると、健康診断が受けやすくなる。
それによって病気の早期発見ができれば、医療従事者としては本望なんだと。
なるほどね。

つまり、「病気が発症している状態」では、本来の丁寧な医療。
対する「発症していない常態」では、粘着しない医療。
この使い分けが、社会貢献だとおっしゃる。
うーん、スルドイ観点だなと、感心してしまいました。

ちなみに、どうしても気になるところがあったら、企業の担当者なんてすっ飛ばして、直接医院に質問していいそうです。
そういう受け皿を用意したうえで、健康診断そのものはスマート化する。
でも、その仕組みを受診者本人が知っていないと、「手抜き」って思われかねないですけどね。

[1378]「承れません」は正しいのか 謙譲と否定表現のミスマッチ

~正解なんてない!日本語の選び方【文章作成のコツ】~

最近、謙譲語の否定表現に、違和感を覚え始めています。
かしこまっているにも関わらず「ハッキリNG」って、何なんだろうと。
顔は笑っているけど、言うことキツイよね・・・みたいな。
そこで、暫定的ですが、ワンクッションを入れるようにしました。

承ることはできません。
承ることは、いたしかねます。
承ったとしても、ご期待に添えない場合がございます。

ストレートに否定せず、「承ること」としたうえで、その可能性をボカすというのかな。
むろん、否定が弱まるぶん、「もしかしたら押し通せるんじゃないか」といったニュアンスは出ます。
どのパターンでいくかは、ケースによりけりでしょう。

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Sorry we couldn’t 的な茶濁でございます

そもそも謙譲+否定ということは、目上の人に対する「反抗」なんですよ、力関係で言えば。
そこをですね、あからさまにレジスタンスしちゃうのは、いかがなものかと。
とくに商業ライティングの場では、こうした気遣い・心遣いが求められると思うんです。
もっと根本的なワーディングがありそうな気もしますけど、残念ながら、思い浮かびません。

個人的な理由から、ノーベル賞を賜れません・・・違和感100
プライベートなことは、申し上げません・・・違和感70
女性社員だからといって、接待出動はいたしません・・・違和感10

申し上げ「られ」ません・・・にしてもいいんですが、賜れ「られ」ませんや、承れ「られ」ませんだと、どうも相性が良くない。
舌をかみそうです。
やっぱり、

個人的な理由から、ノーベル賞を賜ることはできません

になっちゃうんじゃないですかね。

[1278]「運命が死をヘルプする」 三島由紀夫の人生観

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

作家として知られる故・三島由紀夫氏の収録テープが、TBSの社内から見つかったそうです。
いわゆる「お蔵入り」というヤツで、日の目を見ないまま忘れられてしまったのでしょう。
個人的な感想ですけど、三島氏に対する長嶋茂雄のイメージが強すぎて、違和感というのも変ですが、ピッタリこなかったです。
それはそれとして・・・。

内容を聴いて思ったのは、「この時代の文学って、人それぞれに個性があって、おもしろかったんだろうな」ということでした。
氏は、尊敬する川端康成のスタイルを「日本画的」と評し、対する自分の作品を「油絵的」と表現しています。
「日本画的」に関連するワードとしては、「大きな川の流れのような」「余白がある」といったところ。
一方の「油絵的」では、「構成が劇的」「ドラマティック」など。
前者が黒澤映画だとすれば、後者はハリウッド作品みたいなイメージなんでしょうか。

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報道一例としての「TBS News」

また、後半部分の、「人間は死んだときに初めて人間になる・・・中略・・・運命がヘルプしますから」というのが、印象的でしたね。
人間を一つの小説として考えると、わかりやすいかもしれません。終わりがあってはじめて小説になるんだと。
ところが、終わりの付け方は、自分で決めることができない。
三島氏いわく「生きているうちは、その人間の運命が何か分からない」のだそうです。
そこで登場するのが運命。定めと言い換えられるでしょうか。

小説の結末は、読み終わらない限り知ることができない。
ところが、読み終わったということは、連続性がいったん切れることになります。
ここ、微妙ですよね。
生でいるうちは結末を知ることができない。しかし、死んでしまっては自分の定めを自覚することができない。
まさに後生が、彼の定めを評価しようとしているわけです。
うーん、文学ですな。

[1178]医療とオカルトの境目、取材を受ける自己基準

~ライターとか、やってます【文章で食べていく方法】~

また、後出しで「痩身(そうしん)エステ」の取材をかまされてしまいました。
事前に知っていたら、受けなかったのに。
担当者いわく、「医師が行う医療行為なので、ダイジョブですよ」と。
あのね、ダイジョブかどうかは、コッチで決めることなの。
こうしたボタンの掛け違いってなかなか収まらないので、自分なりの取材基準を設けることにしました。

・国家資格者が、科学的根拠に基づいて、異常を「正常」にする行為
これは○です。
医師が、医学に基づいて、治療行為を行うと・・・全く問題ありません。
もし医療ミスがあった場合でも、医院のみならず、国家が責任を取ってくれる。
例えば「薬害エイズ事件」なんかが代表例でしょう。
万が一の事態が起きても、ライターは・・・あまり・・・道義的責任を感じません。

・民間資格者が、勝手なアイデアや経験則によって、「正常」を異常にする行為
もちろん×です。
無資格者が、わきの汗腺を焼き切って、人間本来の機能を働かないようにする・・・論外。
何かあったら、広告に加担したコッチの責任も取らされかねないでしょう。

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アンチ科学のなかには、当然、宗教も含まれます

難しいのが、両者の中間ですな。
・国家資格者が、医学に基づいて、「正常」を異常にする行為
今回の取材は、このケースだと思われるわけですよ。
正直、気持ち良くはないですよね。
すでにセッティングされちゃったので、やらないわけにはいかないんですけど。

なので、上記3条件をきちんと編プロに渡し、オールクリアなら、声がけしてもらって構わないと。
オールNGは、もちろん振るな。
○と×が交ざるようなら、事前に相談してくれと。
今後は、そういうキマリにしました。
国家資格者が、勝手な経験則や信念によって、異常を「正常」にする行為・・・でも△です。
なぜなら、医療行為と捉えられず、健康促進あるいはオカルトに類するから。
そういうサイトは、ライターの道義的責任が問われそうな気がする。

ということで、「三つのインジケーター」があれば、判断できるんじゃないかな。

国家資格者か・・・個人のミスを国家が引き受けてくれる、被害者が泣き寝入りにならない
科学的根拠に基づいているか・・・過誤の判断基準が明確
異常を正常にしているのか・・・医師のやることだから正しいとは限らない

うん、我ながら、わかりやすい目安ができました。

[1677]20161205読売新聞

~新聞全面広告ギャラリー~

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[1723]「ハ・メ」を外さない定期検診

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

とりあえず、歯の健康診断だけは受けてみようかなと。
最近、そう考えるようになってきました。

おかげさまで10年以上、歯科医院とは無縁の生活を送っています。
ところが、いまいまの流れって、「痛くなってから治療する」のではなく、早期発見・早期治療じゃないですか。
また、習慣付いてくると、モチベーションも上がってくるそうです。
この間の先生いわく、「他人に見られるとオシャレになる、他人が見ないとズボラになる」とのこと。
歯の健康も同様で、外からのチェック機能が働くことにより、日ごろの生活が変わるのだとか。
なるほどね。

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特にコレといった意味の無い茶濁でございます

さらに言えば、目も必要なんじゃないかと思えてくるわけです。
こちらは、白内障・緑内障・老眼などの早期発見ですね。
じゃあ、耳鼻科どうなんだい、胃腸科は大丈夫か・・・とキリがないのですが。

歯は、食事という「生きるのに必要な行動」だから、検診を受けに行く。
目は、視覚という「得る情報の8割を占める大切な器官」だから、検診を受けに行く。

当座は、この二本立てで十分なのではないかと。
何て言うのかな、髪の長さを整える美容院感覚とでも申しましょうか。
エステ的なリラクゼーションを求めているわけじゃないんですよ。
一定のコンディションを保っておくために病院を使う。

ただし、医師のほうにも、そういう趣旨・考え方が求められます。
現状を輪切りにして「問題ないですね」と言うんじゃなくて、「いまは大丈夫でも、そのうちこうなりますよ」という観点がほしい。
だって、視力2.0の人が急に1.0になったとしたら、慌てるじゃないですか。
なのに、「0.7以上あれば、日常には不自由しないです。大丈夫ですよ」なんて言う医師がいたら、その場で首を絞めたくなっちゃいますよね。

まずは、理想の医院探しから始めますか。
あっ、そうか。死ぬほど取材しているんだっけ。
藤沢のアソコと長後のアソコ・・・かな。
いまさら、照れくささがなくもなくないですけど。

[1477]アイスブレークで、へそをつかむ

~記事はどのようにして作られるか【取材現場の裏話】~

インタビューに入る前の雑談って、手土産みたいなものだと思うんです。
例えば、ドリアンを持っていったとしましょうよ。
気に入られるかどうかは、まさにバクチですよね。
それと一緒で、記事の方向性をガチガチに決めていっても、なじまない場合がある。
やっぱり、あんころ餅あたりで腹をさぐりつつ、「もしかしたら、甘めドッシリでも行けるかな」みたいな方向性を探るわけです。

というのも、以前の自分は、「受けを広くすること」しか考えていませんでした。
100人が見たとしたら、せいぜい10人には、何かしらのアクションを起こしたい。
ところがですね・・・、
「生半可な興味で来る人は要らないんです。固定客がかなりいるので、これ以上やじ馬を増やしたくない」
という人が、一定割合いるんですな。
彼らは、受けを広くするんじゃなくて、間口を狭めたがっている。
こういうボタンの掛け違いがあると、原稿に対する満足度は上がらないでしょう。
なので、アイスブレークというのか、ベクトル合わせの時間が、欠かせなくなってきました。

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特に意味の無い、ティーブレーク的な茶濁でございます

ただ、いきなり主題に入ることもあり得ますので、雑談といえど、テープを回しておいたほうがいいでしょう。
ベクトル合わせのつもりでいたのに、
「要点は三つ。相続、資産運用、フランチャイズ展開。この三つが入っていれば、ほかは要りません」
なんてことが良く起きます。
単語ぐらいだったら覚えていられますが、中身の話になってくると、もう無理。
「さっき、重要な点が三つあるって言っていましたよね。いったい、何でしたっけ」
とならないよう、気をつけてください。
先方も、覚えていなかったりするので。

「録音していなかったがためのロス」は、正直、悔しいです。
せっかくベクトル合わせでイメージが膨らんでいたのに、もはやシュリンクしちゃって、糸の切れたたこ。
手応えなんて、全くなし。
さっきまでビンビン来ていたのに、もう、二度と戻れません。

ということで、名詞を交換したら、すぐテープ。
鉄則です。

[1377]「・・・」と佐藤さんは言う。とのこと。らしい。の繰り返しをなくす方法

~正解なんてない!日本語の選び方【文章作成のコツ】~

「ホッチキスは、紙と分別しなくてもいいんです」と、佐藤さんは言う。
佐藤さんによれば、「とじてある部分だけ切り取って、別に処理できますから」とのこと。
「そこだけ燃やして、残った灰を遠心分離器にかけます」というのが、佐藤さんの回答。
「ユーザーにできるだけ負担をかけたくないですから」と、佐藤さんは力を込める。

佐藤さん、続出。
でも、多かれ少なかれ、こうなっちゃいませんか。
自分も、慣れていないころはそうでした。
語尾の言い回しを工夫して、できるだけかぶらないようにするものの、佐藤さんの存在自体は変えられない。
また、必然的に「と」も連発しますよね。
このようなインタビューベースの文章って、どうすればいいんでしょうか。

1377.jpg
「と」が多いという茶濁でございます

自分が対応策として多用しているのは、会話文だけ独立させて、佐藤さんを付けないやり方。
もちろん最初だけ、誰に聞いたのかを示しておきます。

・・・そこで、佐藤さんに、具体的な方法を伺ってうかがってみた。

「ホッチキスは、紙と分別しなくてもいいんです。とじてある部分だけ切り取って、別に処理できますから」

なるほど。いままでの苦労は何だったのだろう。

「そこだけ燃やして、残った灰を遠心分離器にかけます。ユーザーにできるだけ負担をかけたくないですから」

こんな感じです。
これは、対象者が一人の場合のみ使える方法で、田中さんがくっついてくるとアウトです。
発言者の名前を、それぞれの会話文にかぶせていく必要があるでしょう。
もしくは、佐藤パートと田中パートを作っちゃうかですね。
本当は交互に話していたとしても、編集でわける。
最初に佐藤特集をしておいて、「一方、田中さんはこう続ける」みたいな持っていき方をする。

慣れないうちは、発言者が見えないあやふや感を覚えるかもしれません。
しかし読者にしてみたら、田中さんでも佐藤さんでも構わないのです。
どちらか知りたいときに、きちんとしたロジックでつながっていれば、全く問題ないでしょう。
会話文だけ独立していたほうが読みやすくて、自分は好きですけどね。

[1277]ポピュリズムとドブ板政治

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

1月6日の読売本紙に、現・衆議院議長を務める大島氏の発言が載っていて、軽く驚かされました。
その内容は、既存の政治家に対し、ポピュリズムへ流れないよう警告を発するというもの。
いわく「プロの自負(を)持て」と。

自分の政治家イメージは、どちらかというと「サーバント」でした。
有権者の想いを実現するのが彼らの役目だろうと。
現に小池都知事は「都民ファースト」をうたって、市民参加型の都政に変えようとしている。
しかし、大島氏の考え方は違い、御用聞き政治なんて直接民主制と変わらんじゃないかと。
代行ではなくて、あくまで「委託」、あるいは「信任」。それがプロの政治家に求められる役割であると。
なるほどね。
少し、政治に対する考え方が変わりましたな。

1277.jpg
読売本紙・・・現在、Webには転載されていないようです

例えば、自民党から出た政治家が当選して、その後に公明党へ移籍したとしましょう。
あくまで仮の話です。
いままでの自分にとって、これは「裏切り行為」そのものでした。
預けた票を返せって話ですよね。

しかし、「委託・信任」なら、そういう動きもありえる。
比例代表だとさすがに問題ですが、個人ならヨシだと。
むしろ、そういう目で選挙に臨む必要がある。
なるほどね。

自分は、「党名を出さない選挙なんてできないのかなー」なんて考えていたんです。
あくまで、マニュフェストで選ぶ。
そうなると、選挙時に掲げた内容が、ある程度は担保されやすい。
ところが大島流「代議制民主主義」の場合は、ヒトが的になるため、覆し得るのです。
イイかどうかは別にして、なんとなく理解できました。
そういう人たちが首相を選ぶと、間接の間接ですから、民意と一定の距離を置いた総理が誕生する。
なるほどね、そういう仕組みになってんのね。

[1177]「そのことならアノ人に聞け」的な小人脈

~ライターとか、やってます【文章で食べていく方法】~

「探偵ナイトスクープ」で、「担当」と呼ばれる先生方がいるじゃないですか。
あんなイメージです。
取材で手詰まったとき、まるで「頓服薬」のように頼ってしまう専門家。
こんな仕事をやっていると、少なからずいらっしゃいます。
仕事柄、神奈川県ベースに限られますけどね。

1.東横線とその沿線関連
「大倉精神文化研究所」の平井誠二先生
大倉山記念館の中に資料館のような場所があるんですが、資料類とセットでご教授いただけることが多いので、かなりな頓服度合いです。
大枠の方向性がつかめるため、初動を誤らない。
この地域のマスコミなら、あいさつを入れておいて損はないでしょう。

1177.jpg
こんな資料が、いとも簡単に出てきます

2.横浜の橋関連
横浜市道路局建設部橋梁課の松本さん
誰もが認める横浜の「橋博士」。
この人が知らなかったら、企画自体をあきらめたほうがいい。
ある程度わかっている場合でも、念押しをしておくと、いろいろとオイシイ情報にありつけます。

3.江ノ島の歴史関連
「堀江商店」のご主人
大鳥居を入ってすぐ左のお店です。
江戸時代から続くっていうんですから、生き字引もいいとこ。
「岩本楼」も考えられますけど、聞きやすさで「堀江商店」かな。アポなしでも、いれば教えてくれるし。

4.横浜の日本そば関連
川村屋の笠原社長
桜木町にある駅そばの経営者です。いつも年賀状、ありがとうございます。
この店の歴史は長く、すでに100年以上。
日本そばというくくりに限らず、「駅ナカの飲食店」という観点でも、いろいろな知見をさずけてくれます。

5.中華街と中華関連
横須賀にある「北京亭」の張学金店長
いまでも続けているのかわかりませんが、神奈川県中華料理業生活衛生同業組合の理事長を務めていたことには間違いありません。
あそこ、ときどきあいさつに行こうと思うんだけど、夕方からしか開いてないんです。
なので、毎回、いきなりの電話ですみません。

以上、狭域だけに、冠たる実力をお持ちの皆さんでした。

[1676]20170101(1)

~新聞全面広告ギャラリー~

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[1722]抽象の海に浮かぶ高齢者たち

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

私的な話ですみません。
母系の親戚は何かに付けて集まるのが好きで、長期休暇になると、必ず祖母の家で過ごすしきたりなんです。
サボタージュは基本的に許されず、参加しないと自宅まで追ってきます。
なので、下の世代にとっては、結構な足かせになっちゃってるんですね。
個人や家族の時間が持てないわけですから。

そんなわけで、今年もお参りしてきました。大みそか1泊で勘弁してもらうことにして。
皆さん、そこそこお年を召していらっしゃるので、会話の中に「あれ」とか「これ」が多用されます。
それなのに、問題なく意味が通じている・・・これ、不思議ですね。
「そういえば、あれはどうなったの」
「そのうちあそこから、あれしてくるんじゃないの。時期も時期だし」
「あそこん家も心配してるのよね」
みたいな感じ。
何て言うのかな、抽象イメージのやりとりなのに、肝心な中身が伝わる。

1722.jpg
アンシャープで輪郭を伴わない・・・的な茶濁

確かに、会話が丸くなるっちゃ丸くなるんです。
若い世代は、具体的な名称を使って、的確な動作表現をしますよね。
「今年は、まだお寺からお餅が届かないけど、どうなったの」
「そのうち、和尚があいさつに回ってくるんじゃないの。時期も時期だし」
「田中さん家も心配してるのよね」

比較してみるとわかるんですが、これだとストレート過ぎて、突き刺さるところがある。
もちろん意識してボカしているのではなく、確実にボケが入っているわけですが、抽象も使いようって感じがしませんか。
良い意味で高度なコミュニケーション。
温かくてほんわりしている抽象の海の中で、高齢者たちは、独自の意思疎通手段を取っている。
・・・ほら、こう書きたがっちゃうんですよね。

あの辺で楽にナニしてる。

これで済むって、すごいくないですか。
ボケって、進化なんじゃないかと思ったりします。

[1476]肌色の果肉を「ピンク系フルーツ」と呼ぶな

~記事はどのようにして作られるか【取材現場の裏話】~

2012年の資料を整理していたら、懐かしいブツが出てきました。
それはズバリ、H系の聖地といわれる書店を取材したときの資料。
やったなー、そういえば。こんなこと。

ここって本当に果物店? 横浜西口「松弥フルーツ」がピンク系書店になった理由とは

編集から振られたときは、本当に「ピンク色の果物が多いフルーツ店の取材をする」と思っていたんですよ。
現地に着いてビックリ。
改めて、そういうことなのかと。
さすがにためらいましたけどね。「取材」っていう口実があるもので、意を決して入店。

1476.jpg
記事の冒頭にあるモザイク画像の原画です

自分の場合、「突撃」はあまりやらない派ので、たぶん事前に電話してたんじゃないかな。
で、記事にもあるように、店長がつかまらない・・・じゃあ、ってんで、何かのついでに訪店したんだと思います。
「主力商品がピンク」ね。
そーかそーか、そうきたか。

さて、オチの内容は記事に譲るとして、どうしても言いたいコトがあるんです。
それは、

「果物屋さんなのに、品ぞろえのすごい本屋さんがある」

の一文。
これ、編集が勝手に「さん付け」をしたんです。
自分としては、忌避表現と知ったうえで、

「果物屋なのに、品ぞろえのすごい本屋がある」

で出しました。
そうしないと、マニアの会話が生きてこない部分。
別に、侮蔑してないし、ママでいいと思うんですけどね。

ルールは大切。でも、目的と手段を取り違えないことのほうが、もっと大切。
だって、「さん付け」したことで、パワーが3割ぐらい落ちてません?
優先すべきは表現で、そのことによる語弊が大きそうだったら、そこで初めてルールが出てくるんじゃないかな。
それに、「餅は餅屋さんに聞け」って、そんなことわざないですからね。
言い伝えられてきた文化は、「餅は餅屋に聞け」なのっ。
あんたが勝手に文化をいじってる場合じゃないの。
そう、思うんですけど。

[1376]読点を突き詰めていくと使わなくなる

~正解なんてない!日本語の選び方【文章作成のコツ】~

読点の必要性で悩むことがあります。
コイツは本当に必要なヤツなんだろうかと。
仮に使わないとしたら文が長くなるわけです。
ならば「句点」で切ってしまえばいい。
初めからここまで一度も使っていないでしょ。

あーっ、何か、とてつもない息苦しさがありましたな。
こういう会話調の文章なら、ドコで切っても不自然さは覚えないわけです。
それが、サイトコンテンツのような書きコトバになってくると、少し様子が違ってくるんですね。

1376.jpg
果てしのない一連的な茶濁でございます

少し例を出してみましょうか。

話や考え方が合わないまま治療を続けていても、決して楽しくはありません。
話や考え方が合わないまま治療を続けていても決して楽しくはありません。

「そのうち慣れるだろう」「わざわざ治療するほどでもない」といった油断が、肩こりや頭痛を引き起こすかもしれません。
「そのうち慣れるだろう」「わざわざ治療するほどでもない」といった油断が肩こりや頭痛を引き起こすかもしれません。

良い治療をできるだけ多くの方に受けていただきたいため、価格を低めに設定してあります。
良い治療をできるだけ多くの方に受けていただきたいため価格を低めに設定してあります。

いずれも五分五分ぐらいだと思っています。いまは。
最近の傾向として、イイタイコトと、それを形容する要素を切り離したくないんです。
最初の例でいえば「楽しくはありません」が該当しますよね。
何が楽しくないのかを補足すると、「治療を続けていても決して楽しくはありません」。
でもって、どんな治療なのかを盛り込もうとすると、「話や考え方が合わないまま治療を続けていても決して楽しくはありません」になる。
何ていうか、一連感の踏ん切りが付けられなくなる。
前説を盛ったら、そのままの勢いで本番へつなげるべきじゃないか・・・なんて思ってしまうわけですね。
2017年の冒頭でコレだもの。どうなるんでしょう、今年は。

[1276]二つの戦地でかわされたスピーチ

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

広島と真珠湾。
かつて相対していた両国の代表が、それぞれの地で、歴史的なスピーチをしましたね。
阿倍首相の要旨は、一言で言って過去の「慰霊」。
対するオバマ大統領は、現在の「平和」。
そんな違いを感じませんでしたか。

それがきっかけで、両者の演説を振り返ってみたら、いくつかの発見がありました。
まず、気になったのは、両者ともに帰納法を多用していること。
先にいくつかの事象を出してから、結論を結ぶ。
例えば、オバマスピーチの場合、

科学のおかげで私たちは海を越えて交流し、雲の上を飛び、病気を治し、宇宙を理解するが、こうした科学的発見はより性能のいい殺りく兵器にも変わり得る。
近代の戦争は私たちにこの真実を教えてくれる。(時事通信、以下の引用同)

1276.jpg
引用先、JIJI.COM

阿倍スピーチも同様で

降り注ぐ陽の、柔らかな光に照らされた、青い、静かな入り江。私の後ろ、海の上の、白い、アリゾナ・メモリアル。あの、慰霊の場を、オバマ大統領と共に訪れました。
そこは、私に、沈黙を促す場所でした。(時事)

読まれること、期待されていることが前提の場合、実弾を先に撃っておいたほうが締まるようです。
なるほどね。
最近、結論を先出しする演繹ばかりやっていたので、斬新に思えました。

次に感じたのは、言葉の強さ。こちらは違いです。
オバマ大統領の場合、「いつの日か、ヒバクシャの証言の声は聞けなくなるだろう(時事)」みたいな表現を多用しています。
反論を恐れず、自分の考えをすっと出す。
一方の阿倍大統領は、どうしても八方美人的な部分がうかがえる。
これは、日本人の気質として、しょうがないところかもしれませんけどね。

最後に、時事通信の翻訳で気になったところ。

私たちは何者なのか、何者になるかもしれないのかを見定めるよう求めるのだ。(時事)

何回か読んで、やっと意味がわかりました。
読みづらさの原因は、以前 [1367] で紹介した「るの多用」による見づらさです。
公文書などにありがちですよね。

私たちは何者なのか、あるいは何者になり得るのか、その自覚を促す。

自分なら、こう訳します。

[1176]謹賀新年

~ライターとか、やってます【文章で食べていく方法】~

あけまして おめでとうございます
新春のお喜びを 心より申し上げます
本年も 引き続きご愛顧の程 よろしくお願い申し上げます

1176.gif
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Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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