[1270]「人格をネタにしない」ところから始める、いじめの防止

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

福島県から横浜市へ非難してきた子どもが受けた「いじめ問題」。
名前に「菌」を付けて呼ばれていたそうですね。

自分は、このノリに対し、お笑い芸人のツッコミに近い雰囲気を感じました。
「オマエはサルか」とか「虫じゃ、ねーんだから」と似たような、「オトシ」が含まれていたのではないかと。
この判断は、子どもにとって非常に難しい。
というか、判断できていないからこそ、テレビと同じように使ってしまう。
なので、教えなきゃいけないのは、「人格をネタにしない」ってことだと思うんです。
芸人は、「笑い」を前提に合意ができているからこそ、「いじめ」にならない。
そうじゃなく、合意が取れていない相手の人格をいじると、それは加害行為になるよと。

1270.jpg
一連の流れを報じる『NHK NEWS WEB』

一見しっかりしてそうだけどハズす人のことを「先生」って呼んだりしますよね。
「○○先生、しっかりしてよ」とか。
あれも、人格をネタにしているという意味では、菌と同一線上の蔑称なはずなんです。
その判断が重要とされるのに、「いじめはやめましょう」で伝わりますか。無理でしょ、絶対。

また、「あだ名」というのは、部外者を仲間として認める象徴的な行為でもあるわけです。
さすがに今回のはひどいし、カツアゲなんて論外ですけど。
ただし、転校してきた生徒を歓迎する要素も、どこかにはあったんじゃないかと。
ここも、踏み間違っちゃいけないポイントのはずなんです。
なのに、「いじめはやめましょう」で伝わりますか。無理でしょ、絶対。

そう考えると、いじめの認定って、ちょっと怖くないですか。
もう、加害者側が絶対悪として、決めつけられるわけです。
そのくせ、本質的な解決が図られず、同じようなことが繰り返される。
良く言われることですが、「いじり」と「いじめ」の境界線を教えるほうが重要なのではないかと。
その線引きは、「事前のネタ合わせ」に尽きます。
合意というのか、信頼関係というのか、仲間意識というのか。
竜ちゃんの「いいか、押すなよ」っていうネタは、いじめじゃなくて、いじりですもんね。
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Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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