[1276]二つの戦地でかわされたスピーチ

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

広島と真珠湾。
かつて相対していた両国の代表が、それぞれの地で、歴史的なスピーチをしましたね。
阿倍首相の要旨は、一言で言って過去の「慰霊」。
対するオバマ大統領は、現在の「平和」。
そんな違いを感じませんでしたか。

それがきっかけで、両者の演説を振り返ってみたら、いくつかの発見がありました。
まず、気になったのは、両者ともに帰納法を多用していること。
先にいくつかの事象を出してから、結論を結ぶ。
例えば、オバマスピーチの場合、

科学のおかげで私たちは海を越えて交流し、雲の上を飛び、病気を治し、宇宙を理解するが、こうした科学的発見はより性能のいい殺りく兵器にも変わり得る。
近代の戦争は私たちにこの真実を教えてくれる。(時事通信、以下の引用同)

1276.jpg
引用先、JIJI.COM

阿倍スピーチも同様で

降り注ぐ陽の、柔らかな光に照らされた、青い、静かな入り江。私の後ろ、海の上の、白い、アリゾナ・メモリアル。あの、慰霊の場を、オバマ大統領と共に訪れました。
そこは、私に、沈黙を促す場所でした。(時事)

読まれること、期待されていることが前提の場合、実弾を先に撃っておいたほうが締まるようです。
なるほどね。
最近、結論を先出しする演繹ばかりやっていたので、斬新に思えました。

次に感じたのは、言葉の強さ。こちらは違いです。
オバマ大統領の場合、「いつの日か、ヒバクシャの証言の声は聞けなくなるだろう(時事)」みたいな表現を多用しています。
反論を恐れず、自分の考えをすっと出す。
一方の阿倍大統領は、どうしても八方美人的な部分がうかがえる。
これは、日本人の気質として、しょうがないところかもしれませんけどね。

最後に、時事通信の翻訳で気になったところ。

私たちは何者なのか、何者になるかもしれないのかを見定めるよう求めるのだ。(時事)

何回か読んで、やっと意味がわかりました。
読みづらさの原因は、以前 [1367] で紹介した「るの多用」による見づらさです。
公文書などにありがちですよね。

私たちは何者なのか、あるいは何者になり得るのか、その自覚を促す。

自分なら、こう訳します。
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Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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