[219]靖国参拝の根本的な問題は、憲法第6条の存在なのではないか

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

どんな問題でも、イデオロギー対決になってしまうと、解決が遠のきます。
単に「反対」「賛成」を言い合っているだけではダメで、クロージングのための道筋を付けた、建設的なギロンが必要です。
そのためには、根本をあぶり出す必要があります。
そこで、靖国参拝の問題点を考え直してみましょう。

靖国神社の歴史は、戊辰(ぼしん)戦争に始まるといってもいいでしょう。
クーデター政権であった新政府は、統治のための権威付けを必要としていました。
そこで、天皇という神様からご神託をいただき、正当性の根拠にするわけですね。
一方、時の政権は、神に絶対服従をささげますよと。

これは古典的なシャーマニズムの一種であり、同様な例が世界中にあります。
国内でも、例えば沖縄県にある「斎場御嶽(せーふぁーうたき)」なんかが該当します。

219.jpg
最高権力者を意味する「せーふぁ」が任命される神聖な岩場

では、民主主義の現代、なぜシャーマニズムが必要なのか。
議会制という仕組みがある以上、間接的とはいえ、国民が総理大臣を任命しているんじゃないのか。

実は、任命はしていないんです。「指名」しているだけ。
任命しているのは天皇です。その決まりが、日本国憲法第6条になります(最高裁判所長官も同)。
つまり、いまだにシャーマニズムありきなんですよ、この日本は。

権力者は、それを堂々とは言えないものだから、「英霊を慰める」に転化している。
靖国反対派も、天皇に直接文句を進上できないものだから、「A級戦犯の合祀(ごうし)」などにこじつけている。
それぞれ言っていることは言っていることなんですが、枝葉のイデオロギーなので、ゴールが見えない。

もともと、天皇は政治参加できない立場なのだから、割り切って憲法第6条を改正しちゃったらどうですか。
靖国来なくても、総理大臣してていいよと。文句言わないよと。
もしくは、変に宗教かがっちゃっているところが問題でもあるので、天皇をキングに準じる(ウハウハしている人には抵抗があるかと思うので、言い方はお任せします)。
宗教は宗教として、「英霊を慰める」にしたらいいじゃないですか。
キングは、そこから切り離して、儀式だけを執り行う。つまり、両者の連鎖を断ち切っちゃうことで、はじめて真の政教分離が行えるのです。

本来、マスコミが騒ぎ立てることには問題定義が含まれているはず。最近、騒ぐことだけが目的なんじゃないかと、思うことがあります。
スポンサーサイト

テーマ : どうなってんだよ。
ジャンル : 就職・お仕事

コメントの投稿

非公開コメント

お仕事のお問い合わせ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

てつまる

Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

最新記事
カテゴリ
お世話になっているサイト様
最新コメント
最新トラックバック
コトバカウンター
special thanks to
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR