[268]デモが有効に機能する国、しない国

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

取調中の死亡事故が不起訴になったことに端を発した、黒人差別に関するデモ行進。
報道によれば、NY市長は、警官の再教育を行う旨の発言をしたそうです。
このとき感じたのは、「デモって、一定の効果があるんだな」ということ。
日本国内では手段が目的になっている風潮があり、「結果が出る」ということに、ちょっとビックリしました。

268.jpg
YOMIURI ONLINE の報道

一方では主張が施策に反映され、他方では「迷惑なヤツら」で片付けられる。
この違いはどこから来ているのかを考えてみると、「民主主義の根付き方」の違いが見えてくるように思います。

日本の民主主義は、まだ100年前後といった歴史しか持ちません。それに、そもそも国民が勝ち取ったものではありませんから、どこかに「お上のやることには口出ししない」という風潮が残っています。
逆に言えば、国が良きにつけ悪しにつけ世話をしてくれるので、赤ちゃん体質になっているのでしょう。
ただ、デモという手段があることは知っているので、とりあえずまねてみようと。
「主義」つまり「ベキ論」であり、実を伴っていないんですね。

その点アメリカでは、デモが「権利行使」の一種として認められ、「是正」という目的もはっきりしている。
「権力を公的機関に付与しているのは国民」という意識があるから、委託先が間違った行動に走ったとしたら、正すのは当たり前だと思っている。

これが中国になってくると、日本ともアメリカとも異なっていて、おそらくその目的は「体制への反抗」。
一見アメリカと似ていますが、国家が聞き入れる耳を持っていないことを、学生らも十分理解している。

「型」が日本で、「実」がアメリカだとすると、中国は「情」なのかなって気がしています。
何かに影響を与えるという意味で有効かどうかは、「実」>「情」>「型」の順で表されるでしょう。
では、この国に「ガス抜き」のシステムがないのかというと、そんなことはありません。それが、旧来の「どぶ板選挙」。
この国で陳情しようと思ったら、裏から「根回し」するのが順当で、表で「シュプレヒコール」をしても効果がないのでは。

それに、文句を言っていることに満足しているので、実が伴ったら、逆に驚くんじゃないですか。
たぶん冒頭のビックリも、これが原因だったのではないかと思います。
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Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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