[1229]憲法第9条と平和賞の間にある、二つの理論矛盾

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

平和憲法にノーベル賞を。
また今年も、そんな動きがあるようで。
おかしいって、絶対。

第一の矛盾は、受賞対象者としている日本国民が、平和への貢献を直接行ってはいないこと。
例えば、日本国内においしいお米があふれ、「ノーベルおいしいで賞」の栄誉に輝いたとしますよね。
このとき受賞者になり得るのは、生産農家や流通経路を整えた人じゃないですか?
豊かな食文化を感受できているからといって、日本国民が賞をもらうことはないでしょう。

そう考えると、「誰が憲法第9条を作ったのか」が問題となります。
直接の行為者といえる人、それはマッカーサーでしょうか。
彼は功績より罪罰の法が大きいですし、ノーベルは故人に贈られません。当時の主たる内閣メンバーも同様。
したがって、どうしても「主人公不在」が避けられないわけです。

1229.jpg
平和活動に従事する自衛隊っていうのも、おかしい

続いて、第二の矛盾。
憲法は「ルール」であって「事実」じゃないこと。
ここで言う事実とは、「時代が過ぎても変わらない事柄」です。
ルールは改正される可能性がありますし、その前段として解釈幅も問題です。
今回の安全保障法制だって、解釈論の延長線ですよね。一方、憲法を改正すると構成が異なってくるし、ドッチに転んでも「事実」とはなり得ない。
そのときどきの偶然によるものが、はたして評価されるのでしょうか。

では、どうして受理されたのかというと、それはあくまで「受理」だからなんです。
選挙に例えるなら、立候補届けが認められただけに過ぎません。
受理の通知を受けて「通るかも」なんて、普通、期待しませんよ。
それをマスコミがあおるのも良くない。わかってやっているんでしょうけど。

唯一意味があるとしたら、「世界を騒がせられる」という点ですかね。
第9条の存在を周知するというのか、そんな国があるんだって興味を持ってもらうというのか。
いっそ、国内でソッチ方面の賞をあげたらどうですか。
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神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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