[1264]国家を縛る憲法が家庭に踏み込む意味

~その記事、論点ズレてませんか?【ニュースの視点】~

憲法改正の著端を開きそうな、自民党案の「家族条項」。
家族は一つ、「互いに助け合わなければならない」という文言が加わったことから、家族の在り方についての物議が交わされているようですね。

でも、ちょっと待ってください。
国民を規定するのは、民法のような法律でしょ。
国家の暴走を抑えるのが、憲法という存在じゃないですか。
なので、字面をそのまま追っていては、ダメなんですよ。
この条文が入ることで、「国家に何ができるのか、できないのか」を考えなくては。

「家族条項」が言わんとするところは、圧縮すると、「個人の責任を家族に広げる」ということですよね。
だとすれば、「国家が個人の責任を追求しすぎないように、家族という受け皿を用意しておく」と理解するのが筋。
あんまりギュウギュウ追い詰めると、憲法違反になりますよと。
そうなる前に、家族へ振りなさい。
これが、憲法に盛り込むことの趣旨なんじゃないですかね。

1264.jpg
公開されている自民の改正草案(上の表が改正案、下が現行法)

じゃあ、具体的に、どういうギュウギュウが考えられるかというと、納税義務や借金などがわかりやすい。
遅延者に対して強制執行をかけようとすると、それはダメになる・・・かもしれない。
その代わり、家族から回収しなさいということになる・・・かもしれない。
ある夫婦が離婚し、旦那さんが慰謝料を払わずに逃げたとして、口座を仮差押えするのはダメになる・・・かもしれない。
その代わり、親から回収しなさいということになる・・・かもしれない。
程度やケースの差こそあれ、早い話、そういうことでしょ。

逆に、プラスのリカバリーってあるのかな。
故人の活躍がいまになって顕彰されたとき、遺族が受賞対象者になる。
公営住宅の使用権が、一身専属権ではなくなり、相続可能になる。
でも、憲法の目的が暴走禁止だとすると、プラスの余波は考えにくいか。

一応、改正草案には、「法律は、個人の尊厳・・・に立脚して、制定されなければならない」との記述があります。
しかし、これが、「個人の権利・義務は個人の粋を出ない」と解されるかどうかは、微妙ですよね。
繰り返しになりますけども、草案内容を直接家族と結び付ける想定は無意味。
そうじゃなく、国家を規定するものと捉え、じゃあ、どうなるの・・・という見方をしていく必要があるでしょう。
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Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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