[1774] 2年ぶりに、ござ候

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

ゴザというものを、普段使いしています。
夏はもちろん、冬でもホットカーペットの上に敷いています。
このゴザ、1年もすると表面が焼けてきまして。
購入時に青々としていたタタミ表が茶色くなるんですね。
それだけならまだしも、次第に端の方がバラけてくるので、持って2年といったところ。
日やけ問題も含めて、片面1年ずつ、合計2年サイクルで新品に取り換えています。

で、前回、つまり2年前のこと。
どうしたわけか、2畳のつもりで1畳のゴザを買ってきてしまったんです。
夏なら目立たないものの、冬は2畳のホットカーペットがありますから、いかんせんアンバランス。
しかし、そんなミスマッチな時代も、終わりを告げようとしています。
そうです、交換のタイミングが、ついにやってきたんです。

新品のゴザ
こんなにも、色が違うものかね

よし、「2」って書いてある。
「1」じゃねぇえんだ、今年からは。
買ってきたのは昨年の12月30日なんですが、元日まで封印。
当たり前です。
2017年中は、ホットカーペットのコッチ側半分で過ごします。

ここから藤沢市独自の話になってしまうんですが、ゴザは「主に、そのサイズから」、粗大ゴミ扱いなんですね。
そこで、市の窓口に回収をお願いしたら、「指定ゴミ袋に入るよう、小さく切って捨てれば、費用も手間も要らないわよ」とのこと。
そうか、その手があったか。
無理クリおっちめれば入りそうだけども、それだと、まんま「ゴザ」になってしまうので、多少なりとも手を加えときましょう。
ハイ、これで普通の「燃えるゴミ」。
回収する職員も、問題なく持っていってくれました。

[1773] 師走、始まります

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

この間、髪を切ってもらったとき、
「年末は、いつまでお仕事なんですか?」
的なことを聞かれたんですけど、マスコミ・・・とくに出版系の場合、説明に詰まる特殊事情があったりします。

それは、年末・年始に行われる公式や非公式のパーティ。
行かないとどうにかなるってものではないんですが、顔を見せておいて存在感を示すっていう意味合いが大きい。
しかも、より大きな意味を持つのは、非公式のほうなんですね。
「田中さんなら、バー・アリスで飲んでるよ」
なんてことを聞くと、わざわざ顔を見せに行く。
でもって、その場にいた佐藤さんから、
「おぉ、久々。ちょっと場所変えて飲まない? 来年の話もあるし」
みたいなお誘いを受ける。
30分後、場所を移した先に、高橋さん到着。
翌日、高橋と別会社のカウントダウンパーティへ行くことになる。

なんてことが、延々と繰り返されるわけです。

立食パーティのイメージ
酔っ払って撮っているので、ブレてます

フツーの会社でいうところの年始回りに近いところがある。
ただ、マスコミでは、年末に「場」を設けているというのか、誰が来ているのか良くわかんなくても気にしないというのか、入り乱れが前提になっているようです。
で、長居せずに、顔とお金だけ出して、数をこなすと。

いま思ったんですけど、会計って、誰がやっているんですかね。
公式は別として、非公式の場合、最初から最後まで残っている人って、いないはずなんですよ。
何となく、その場にいた人へ数千円くらい預けていくわけですが、どうなっているんでしょう。あのお金。
不思議です。

なので、いつをもって「お休み」になったのかが、いまひとつ読めません。
元旦でも、ハッピーニューイヤーなんちゃら・・・みたいなのを、各社が開催していますしね。
それで思い出しましたが、「ア」または「A」を付けるかどうかで、しばしばギロンの的になります。
「A HAPPY NEW YEARなんちゃら」なのか、単に「HAPPY NEW YEARなんちゃら」なのか。
持論のある人に出会うと、しつこく聞かされます。
正月早々、勘弁してくださいよ。どっちだって、いいでしょ。

[1772] ひまつぶしとしてのゲーム考

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

ついに、飽きました。
プレイ自体に飽きたというより、新しいゲームを探すことがめんどくさくなりました。
中学生のころからとして、かれこれ35年間。
気がつけば、空が明るくなっていた・・・なんて瞬間を、何回、味わってきたんでしょう。

基本は、展開の決まっていない、シミュレーションを好みます。
しかも艦隊モノ大好き。
ただ、「艦コレ」以降、変な方向に曲がっちゃっていて、コーエーシリーズのような「ド艦隊」がないんですよね。

だからといって、宇宙モノは論外。
「海面」という二次元と「モニター」という二次元の親和性が高いから、のめり込めるんです。
三次元を二次元で表現しようとしたら、どうしたって、無理が出るでしょ。
なかには、そもそも発想が立体していないものもあったりして。

あれは、アニメ「戦艦ヤマト」で、駆逐艦ゆきかぜが敵の包囲を受けたときのこと。
たしか、輪形陣で囲まれて「逃げ場がない」って言っているんですが、「上があるじゃないか」と、子供ながらに思いました。

オリジナルのヤマトから「ゆきかぜ」のシーン
オリジナル、昭和52年発行の『宇宙戦艦ヤマト』ハードカバー

輪形陣のシーンがあったかなと、昔の書籍を開いてみましたが、残念・・・。
えーと、何の話でしたっけ。
シミュレーションを好みます・・・というところまででした。
しかも、ある程度、歴史に沿っていると、なおベター。
何ていうのかな、ありもしない孤島で素材集めて脱出・・・なんてのは、フィクションなんですよ。
同じションでも、シミュレーションじゃない。少なくとも自分の中では。

シミュレーションは、史実あって、それと比較した世界感を楽しむものでしょ。
史実じゃなくて、それこそ「ヤマト」みたいな既存認識・周知された概念でもいいんですが。
違いますかね。
あと、あってもいいと思うのが、キリスト教というか聖書・・・極論すると人類創造のシミュレーションゲーム。
聖書の世界感って、知りたいところがある反面、日本人にはとっつきにくい。
神様の立場になってですよ、アダムとイブから始めてコロニーを作るんだけど、直接の指示はできない。
で、サタンに妨害されて、とんでもない亜種がはびこると。
そう、この神様株式会社には、ライバル企業がいるんです。
そんなときは、得意技の大洪水が使えますと。
もしくは、イエスを派遣して、教育する手もアリだよと。
何なら、ピラミッドやナスカの地上絵に独自解釈を加えてもいい。
やがて、人間が知恵を付け、神へ迫ろうとする。バベルの塔ですね。

あの世界感。誰か作ってくれないかな。
もちろん、人間が神に勝利するエンディングもあり。
神とは、どのような存在だったのか。
おもしろいと思うんだけど。

[1771] 専門家の言うことは、必ずしも的を得ていない

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

インターネット上の情報は役に立たない。
例え、専門家が書いたものであっても。
そう思ったことって、ありませんか。

考えてみれば、専門家って、一般人とは異なる方向を歩んできた方々なんですよね。
最大公約数的な居場所をヨシとせず、誰もいない世界へ踏み出しているわけですから。
市民感覚と同じはずがない。

裁判員制度がいい例でしょう。
象牙の塔にこもっている方々は「少しおかしい」から、世間の風を当ててやろうよと。
でもって、「少しおかしい」方々が書かれたものを束にして「キュレーションでござーい」としているわけですから、ピンはズレますよね。どうしても。

ニノキンのミニチュアとアメ
かく言う私も、ニノキンの専門家なんですが・・・

なので、当たり前ですけど、インターネット上の情報をうのみにしらダメ。
この間、取材先で専門家から、こんなことを言われました。

 取材の趣旨っておもしろいですよね
 私らは自分の世界しか見ていないので、こんな発想があるとは知りませんでした
 逆に、勉強させていただいたような気がします

詳しくは書けませんが、「一般人からしたら、こういうところが気になる」という視点を話したんです。
つまり、インタビュアーが読者の立場になって役に立つ情報を引き出していないと、意味がない。
専門家が個人的な理由からこだわっている事柄と、一般人が普遍的に求めている情報の間には、決定的な視差がある。

さらに言えば、専門家がそう言うんだから「ワサビを醤油で溶いちゃダメなんじゃないの」的な、判断停止行動が起こるわけですよ。
ツウぶるというのかな。
あのね、その人が旨いと感じれば、何やったっていいの。
もしくは、いろいろとやって失敗して、自分なりのパターンに落ち着けばいいの。
それが正解でしょ。
少しズレた方々が言っていることとは、限らないでしょ。
むしろ、シロートから「バカ言うな」って教えてあげなさい。
我々がマジョリティであり、主体者なんです。

[1770]「木々の名は。その14」エノキ

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

どうやら、ちょっと前から、このコーナーのナンバリングを間違っていたみたいで。
14回目の今回は、エノキでございます。
鍋に入れるヤツじゃないほうね。

3年くらい前でしょうか。
偶然、落ちていたフォトジェニックな葉っぱを見かけまして。
そのときは樹木に興味がなかったから、おもしろい模様だね・・・程度にしか思わなかったのです。
しかし、いまにして思うと、これこそがエノキではないかと。

葉の中に葉があるエノキの葉
違ってたっていいんです、自分の中ではエノキ

葉での見分け方は、根元の葉脈が3方向に分岐していること。
葉脈そのものも、溝が深くて目立つ。
葉先がギザギザ。
といったところ。

樹皮では、横方向に複数のシワというか切れ目が生じること。
これは、生育に伴った「裂け目」なんだそうです。
だから、シワじゃありませんな。あれは、たるみだもの。

鍋に入れるヤツ、つまりエノキダケが生えるってことは、そもそも毒を持っていない。
その証拠に、実は、鳥の大好物らしい。
葉や樹皮も、薬用への適応がある。
見て楽しく、食べてうれしい。
また、道祖神や一里塚と一緒に植えられていることが多いそう。
エノヤン、意外と人気者ですな。

加えて、木偏に「夏」ですからね。
4つしかないシーズンの代表格。
夏と言えば「榎」。もう、冬ですけど。

[1769] 六角堂とエンピツ

~フリーランスライターがつづる、人生を楽しむヒント~

京都に、通称「六角堂」と呼ばれるお寺があって、文字通り六角形の形をしているそうです。
正式名称、紫雲山頂法寺。
この「六」には諸説あるようで、なかでも自分が気に入っている説明をご紹介します。

いわく、人間には「六感」が備わっていると。
しかし、視覚に頼りすぎたり、風聞に耳を貸しすぎたりすると、物事の本質を見失ってしまう。
見た目、他人の評価、第一印象・・・これらはいずれも一義的なもの。
六感を研ぎ澄ませれば、おのずと角が取れて「円くなる」。

みたいな話だったと思います。
テレビの旅番組で、住職が話されていました。

ライティンググッズのイメージ
ここからエンピツの話です

これを聞いて、もしやと思ったのが、エンピツの形。
そうか、そうか、これは、人間の「六感」を表しているんだなと。
本質を正面から受け止めて、バイアスなしに表現しなさいよと。
エッジが効きすぎてはいないか? 過不足なく丸い取材ができているか?
いつも、自問自答を求めているんだな。

ところが調べてみたら、親指・人差し指・中指での持ち方に関係しているみたいですな。
チェッ、つまんねぇの。
まあ、でも、いいじゃないですか。
ライティングポリシーとして、六角堂の考え方を踏襲しましょうよ。
それに、ちょうどエンピツを多用していたところなんです。
芯の摩耗から、取材時間の経過がわかりますから。
時計をいちいち見ていたりすると、場合によっては、失礼ですもんね。

かつて取材先から「あっ、エンピツを使っているんですね」と言われたことがあって、そのときは、時間経過の下りを説明しました。
しかし、これからは、六角堂です。
「実はですね、京都に・・・」
説明、長いか。
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Author:てつまる
神奈川県を中心にフリーで活動しているライターです。
超IT系を除き、医療・各士業・経営者・アスリートへの取材、アーティストプロモート(情報発信)、イベントレポなどを手がけています。

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